病に侵されてゆく家康公

「1月下旬になると家康公の食欲は衰え、喀痰(たん)が増え、脈に結滞が出る」(徳川実紀)。この記述を松田先生はこう分析します。「胃がんでたんが増えることはありませんが、吐き気は強くなります。おそらく吐き気により生唾が増えたのでしょう。結滞とは不整脈のことです。胃がんが進行すると貧血になるので、不整脈、特に頻(ひん)脈が発生したと考えられます」

しゃっくりが明かす病巣の場所

がんができる場所によって体に起きる症状が異なると説明する松田医院長

同書には3月に入り、悪化する家康公の様子がこう記されています。「口にするのは茶漬けや粥、葛を団子にした汁物だけになった。体重が減り、顔色が悪くなる。吐血し、便は黒くなる。しゃっくりが頻発した」。無治療の胃がんでは日を追うに連れ症状は悪化していきます。「貧血が進行し、場合によっては黄疸も伴うため、顔色が悪くなります。胃の腫瘍が大きくなるので食べ物が胃を通りにくくなり、流動食しか受け付けなくなったのでしょう」

松田先生はしゃっくりが頻発したことでがんの大体の場所が分かるといいます。「しゃっくりは胃が膨張し横隔膜を刺激することで引き起こされます。おそらく家康公の腫瘍は胃の前庭部、幽門のあたりで大きくなり、出口をふさいだのではないでしょうか。この腫瘍から出血が増えたため便の色が黒くなったのです」