元衆議院議員で厚生大臣などを歴任した津島雄二さんが25日亡くなりました。津島さんは生前、国政の立場から東北新幹線の全線開業の実現に大きく貢献していて関係者からは長年の功績に感謝する声が上がっています。

25日、老衰により93歳で亡くなった津島雄二さんは2009年に政界を引退するまで衆議院議員を11期連続、厚生大臣も2度務めました。この間に与党の整備新幹線のプロジェクトチームで座長を務め県民の悲願だった東北新幹線の全線開業の実現へ尽力。全線フル規格での整備決定につながりました。

1996年12月27日・津島雄二氏
「1時間にわたって、私と(元衆議院議員)小里貞利氏との間の政治家としての、男としての、本当に厳しい話し合いの結果、彼も『それではフル規格で行こう』と同意していただいたことをご報告申し上げたい。私にとっても、生涯忘れられない一瞬でした」

津島さんと長年、志をともにした七戸町の小又勉町長です。津島さんと出会ったのは1976年で衆院選に初挑戦する津島さんの活動を手伝っていました。2005年に八甲田トンネルが貫通し七戸十和田駅の開業に向けて大きく前進したときは喜びをわかちあいました。

七戸町 小又勉町長
「ダイナマイトで最後、穴をあけて、わーとみんな握手して、あの時に私も津島先生と握手して『これからだんだんと東京が近くなるよ』と話したのを鮮明に覚えていますね。『先生、こんなに立派になりましたよ』と改めて申し上げたいですね。」

長年の苦労が実を結んだのは2010年12月4日です。全線開業した東北新幹線に自らも乗り、悲願の達成を肌で感じました。

2010年12月4日東北新幹線全線開業時・津島雄二氏
「本当に感慨無量です。地域の発展のために、日本全体の発展のためにいかしてもらいたい」

津島さんの葬儀は近親者のみで執り行い、後日、青森と東京でお別れの会を予定しています。