78年前、アメリカ軍の爆撃を受け沈没した青函連絡船の犠牲者を追悼する集いが青森市で開かれました。

「青函連絡船戦災犠牲者追悼・平和の集い」は、戦争の悲惨さを後世に伝えるため「青森空襲を記録する会」が毎年開いていて関係者たち約20人が出席しました。1945年7月14日、青函連絡船12隻がアメリカ軍の攻撃を受け、青森港沖では4隻が撃沈され131人が犠牲になりました。集いでは青森市の劇団員が青函連絡船の乗組員が残した手紙を朗読し、戦争の悲惨さを訴えました。


※渡辺源四郎商店 白石恭也さん
「僕は何の不足も不満もありません。屍は帰らずとも魂魄は帰ります。」

このあと参加者たちが戦災の碑に折り鶴を手向け犠牲者を悼みました。


※青森空襲を記録する会 今村修会長
「78年というのはずいぶん長い月日が経ったんだなと改めて感じた。時代の流れとともに風化するのはやむを得ないのでしょうが、しかし忘れてはならないということだけは言い続けていきたい」

青森空襲を記録する会は7月28日にも青森空襲の追悼集会を開き戦争の悲惨さを後世に語り継ぐとしています。