駿河湾の「宝」といえる2つの特産品でいま、明暗が分かれています。近年、不漁に悩まされ続けたサクラエビが好調ですが、一方で、シラスが獲れなくなっているんです。駿河湾でいったい何が起きているのでしょうか。
<スマル水産 鈴木恒孝社長>
「お待たせしました。シラスとサクラエビです」
ご飯の上で光り輝く生サクラエビと生シラス…。
<井手春希キャスター>
「サクラエビは実がふっくら、ぷりっぷりで甘みがあります。シラスはとっても食感が滑らかであっさりしていておいしいです」
近年、不漁となっていたサクラエビが2023年は好調。しかし、今度はシラス漁に暗い影が…。
5月25日の用宗漁港(静岡市駿河区)です。漁に出た船が次々と帰ってきましたが、ケースの中のシラスは少なく見えます。
<漁師>
Q.きょうの水揚げは?
「少ないです。収入に響いてくるので獲れてくれないと厳しいですね、こっちはシラスが回ってくるのを待つしかないので、自然の物だから」
4日前(5月21日)の用宗漁港まつり。4年ぶりに開催され大盛況でしたが、漁協側は悔しさをにじませていました。
<清水漁業協同組合 用宗支所 増田新支所長>
「いつもまつりのときは(どんぶり)100杯くらいを目標に漁師に獲ってもらっているんですけど、きょうは70杯くらいかな。海にいないという話で引き揚げてきちゃっているので」
5月28日に吉田漁港(静岡県吉田町)で開催を予定していた「しらすマーケット」は不漁により中止となるほど、事態は深刻なようです。
一方、駿河湾のもう一つの「宝」サクラエビ。4月から始まった春漁ですが、初漁は2022年に比べると40倍を超える漁獲量で、不漁続きの近年ではまれな豊漁でスタート。ただ、2023年も春漁は資源保護のため自主的な操業規制を継続していて、6日前から一時休漁となっていました。
<静岡県桜えび漁業組合 實石正則組合長>
「卵を持ったエビが少し見えたので、(そのエビが)産卵してくれればなとということで休漁した」
23年は近年まれにみる良質で身も大きいとうことですが、気は抜けないと言います。
<静岡県桜えび漁業組合 實石正則組合長>
「ここ3年間、(漁獲量が)あまりにもひどかったので、ものすごく多いような感じはするけど、まだまだ資源回復させなければならないし、昔のたくさん獲れた水準には達していない」
焼津さかなセンターにある店では生シラスの漁獲量が低迷していることから、5月第3週の4日間、生シラスを使ったどんぶりをすべて釜揚げシラスで代用したほか、時にはサクラエビに代えて提供しているといいます。
<スマル水産 鈴木恒孝社長>
「安定してサクラエビのように回復してくれるとありがたいですけど、駿河湾内の魚のもとになるので、これを追いかけてアジやカツオが入ってくるので、それが不安定というのはこの先心配です」
いったいなぜ、シラスは獲れなくなったのか?専門家の見解は…。
<東海大学海洋学部 山田吉彦教授>
「黒潮の大蛇行の影響で、(シラスの)群れのいる場所が変わってしまっている」
通常の黒潮の流れは、静岡県沖をまっすぐに流れて北に向かっていますが、近年は大きく曲がっています。これが「黒潮の大蛇行」。シラスが沖合に移ってしまい、群れをつくりにくい状況となっているのです。さらに近年の異常気象が拍車をかけているとも指摘します。
<東海大学海洋学部 山田吉彦教授>
「海水温が上がっている関係で雨の場合、集中豪雨になる場合がある。その際に大量の真水が川を伝い海に流れます。塩分濃度が大きく変化したり、川からの流れ・濁流が入ることでシラスが群れをつくらなくなってしまう」
用宗漁港で5月に水揚げされたシラスの漁獲量です。2022年が232トンだったのに対し、23年は25日現在で34トン。22年と比べると7分の1ほどの量となっています。サクラエビは好調ですが、山田教授は「23年の豊漁に油断することなく、秋漁以降も規制をかけて資源を維持していくべき」だとしています。
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