ウクライナ南東部の激戦地・マリウポリで取材を続けたAP通信に、優れた報道をたたえるピュリッツァー賞が贈られた。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』のコメンテーター、飯田和郎・元RKB解説委員長は「この1年間でもっとも衝撃を受けた記事」だと話す。その内容の一部を同番組で紹介した。
”アメリカのコロンビア大学は5月8日、優れた報道をたたえる、今年のピュリツァー賞を発表しました。最高の栄誉とされる「公益部門」には、ロシアが制圧したウクライナ南東部の激戦地・マリウポリに一時とどまり、民間人被害を伝えた、AP通信を、選びました。選考委員会は決定理由について、「包囲された町から、ロシアによる市民の殺りくを伝えた勇気ある報道だ」と強調しました。”
ピュリッツァー賞とは、1917年に創設されて、メディア人にはもっとも栄えある賞のうちのひとつ。今年の賞の対象になったのは、AP通信のウクライナ人記者2人。昨年2月下旬、マリウポリにロシア軍が軍事侵攻した後も、市民への殺りくが続き、絶望が広がるマリウポリの様子を記録、発信し続けた。
AP通信はアメリカの通信社で、日本に住む者は、なかなか触れる機会は少ない。ただ、このルポルタージュはAPと契約している毎日新聞が日本語に翻訳して、新聞やインターネット版に載せている。
記者の「一人称」が特徴的だ。その一部を紹介する。ロシア軍の砲撃を受けて負傷した子供が、病院へ運ばれてきた場面。
”6歳にもならない女の子を、救急車が病院に搬送してきた。蒼白な顔をしたその子のパジャマは、ズボンが血だらけだった。ロシア軍の砲撃で、負傷したのだ。
医師と看護師が女の子を囲み、注射をし、電気ショックを与えた。青い手術着を着て、酸素吸入を行っていた医師が、記者のカメラをまっすぐにのぞき込んで、室内に招き入れると、毒づいた。「これをプーチンに見せてやれ!」「この子の瞳と、泣いている医師の姿を、見せてやれ!」
彼女を助けることはできなかった。医師らは、その小さな体をピンクのジャケットで覆い、丁寧にまぶたを閉じた。彼女はいま、集団墓地に眠っている。”
6歳にもならない女の子を、救急車が病院に搬送してきた。蒼白な顔をしたその子のパジャマは、ズボンが血だらけだった。ロシア軍の砲撃で、負傷したのだ。
医師と看護師が女の子を囲み、注射をし、電気ショックを与えた。青い手術着を着て、酸素吸入を行っていた医師が、記者のカメラをまっすぐにのぞき込んで、室内に招き入れると、毒づいた。「これをプーチンに見せてやれ!」「この子の瞳と、泣いている医師の姿を、見せてやれ!」
彼女を助けることはできなかった。医師らは、その小さな体をピンクのジャケットで覆い、丁寧にまぶたを閉じた。彼女はいま、集団墓地に眠っている。
私も毎日新聞でこのルポを読んだ。この1年間で、もっとも衝撃を受けた記事だ。
紙面には、この英語の記事を翻訳した毎日新聞の記者の名前が載っていたので、連絡をとってみた。記者によると、彼も英語の記事を一読して驚き、抄訳をツイッターやフェイスブックで紹介したところ、「新聞にも載せてほしい」といった反響が大きかったことから、毎日新聞デジタルや新聞紙面に掲載したという。
再び、この記事から。ウクライナの警察官はAP通信の記者たちを、マリウポリから脱出させようとした。なぜなら――。
”「もし、あなたたちがロシア軍に捕まれば、奴らはあなたたちに無理矢理でも、『すべてはウソだった』と言わせ、それをビデオで撮影するだろう。それでは何もかも無駄になってしまう」”
記事にはこんな記述もある。
”破壊された建物や、死んでゆく子どもたち。その画像が外に出なければ、ロシア軍は好きなことができる。だからこそ、私たちは大きなリスクを取り、見たままを世界に伝えた。沈黙を破ることの重要性を、これほど痛感したことはかつてなかった。”
インターネット版の利点は、AP通信のカメラマンが撮影した動画も観ることが可能なことだ。さきほど紹介した、大けがをした女の子、必死に命を救おうとする医者、と思われる場面も動画で閲覧できる。なお、毎日新聞デジタルのこのルポの冒頭には「記事の中に残酷な描写があります。閲覧にご注意ください」という断りがある。
他のメディアが退避したなか、唯一、残って行った「戦場取材」。記者たち自身に、大きな危険が伴う。「戦場取材」には、常に賛否があるが、今回の場合、この2人の記者がマリウポリにいなかったら、「真実」は世界に伝わらなかったことだけは確かだろう。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
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