記者
「破壊された住宅がいたるところにあります」

ネパール中部ヌワコット郡のビドゥール。土石流の発生地点からおよそ70キロ下流にある街です。

ここには避難所もあり、住まいを失った人が身を寄せ合っていました。中には赤ちゃんも。

行方不明者の家族
「この子の母親も父親もいない。(家族の)4人が行方不明です。子どもをこうやって、抱きかかえて走りました」

「お母さんどこ?」

行方不明者の家族
「まだ、母乳を飲む1歳3か月ほどの赤ちゃんです」

2日で発生から1週間。死者は1000人を超えました。

壊滅的な被害を受けたビドゥール。当時、ここに滞在し、間一髪、難を逃れた日本人がいます。

東京外国語大学 チベット文化・言語 星泉 教授
「地鳴りのような音、『ゴー』という低い音で」

食文化の調査のためネパールを訪れていたという、東京外国語大学の星泉教授と駒澤大学の別所裕介教授。2人は首都カトマンズからネパール人ツェテンさんの運転で、彼のふるさと、北部シャブルベシへ向かいます。

出発は、土石流が発生する前日の8月25日。この日はビドゥールのホテルに滞在。 そして、翌朝出発した直後、中国との国境付近で土石流が発生します。

東京外国語大学 星泉 教授
「当日の朝8時55分、快晴ですよね。(Q.この時すでに上流で土石流が発生)発生していたでしょうね」

この時通った橋は濁流で流されましたが、星さんたちは高台にいたため、間一髪、難を逃れました。

東京外国語大学 星泉 教授
「少し早く出たり遅く出たりしたら、巻き込まれていたんだなと」

ただ、この時は携帯の電波が悪く、状況が掴めないでいたといいます。

そして、ラムチェという場所に到着すると。

東京外国語大学 星泉 教授
「ツェテンさんの元に、彼の故郷のシャブルベシの映像が届きます。『シャブルベシがない』」

上流部にあるツェテンさんの家が流され、両親や妻など家族6人の行方が分からなくなりました。

東京外国語大学 星泉 教授
「(ツェテンさんは)肩を震わせて泣いていた。私たちも抱きしめて、でもかける言葉がない。とてもとても複雑な気持ちで、助かってよかったとかは全く思わなかった。まず最初にそれは出てこなかった」

そして、ツェテンさんはこんな事を口にしたといいます。

首都カトマンズの学校に通い、無事だった娘についてです。

駒澤大学 別所裕介 教授
「自分が巻き込まれたら、誰も彼女(娘)を育てる人がおらず、面倒見る人がいない。だからそれでまだ良かったと、我々には言ってくれた。もう半分では『自分がいれば何かできたかも』と考えてると思う」

行方不明者はおよそ5000人。その中には日本人5人も含まれています。

高市総理は1日夕方、ネパールのシャハ首相と電話で会談。日本人の救出に向けた協力を要請するとともに、緊急援助物資の供与を行なうことを伝えたということです。