2期8年、北海道知事を務めた堀達也さんが16日、亡くなりました。
気さくで誠実な人柄は道内の政財界から信頼を集めました。
堀達也さんは1935年に当時の樺太で生まれ、道職員を経て、1995年から知事を務めました。

しかし、直後に、「カラ出張」などの道庁不正経理問題が発覚しました。
堀達也知事(当時)
「道民の皆さんからの血税に対する私どもの感覚に、誤りがあったことは否定できない事実だ。重ねてお詫び申し上げる次第です」

翌年には、豊浜トンネル崩壊事故の対応にも当たりました。

97年の「拓銀破綻」をきっかけに、道内は長く景気低迷の時代へ。

こうした中、北海道のイメージアップに向け、キャッチフレーズ「試される大地」を選んだことでも知られます。
堀達也知事(当時)
「停滞したり時間がかかり過ぎている施策に、時という客観的なものさしを当て、時代の変化を踏まえ再評価するシステムとして、時のアセスメントを実施していく」
また、計画から長期間が過ぎた公共事業などを見直す「時のアセスメント」を導入し、全国の自治体のモデルになりました。

堀達也知事(当時)
「政治家であって、政治家でなかった」
2003年、知事選の3選出馬を断念。退任後は、複数の公職を務め、特に力を注いだのが…。
北海道森と緑の会 綾部勉専務理事
「北見だったこういう山があるぞというようなことを鮮明に覚えていて、最近行っていないから行きたいということを言われて、お連れしたんですよ」

林務畑を歩んできた堀さん。晩年は、林業関係の団体の理事長に就任。道有林をめぐり北海道への思いを語っていました。
北海道森と緑の会 綾部勉専務理事
「北海道を元気にしなきゃ駄目だと。道職員はやっぱりもっともっと地域を引っ張っていくような取り組みをしなきゃ駄目だなといつも言ってましたね」

堀さんは5月16日、札幌市内の病院で病気のため亡くなりました。
道職員として、知事として多くの苗木を育てた90年。
「試される大地」が緑に色づく中の訃報でした。















