戦後、当時の樺太、いまのロシア・サハリンから引き揚げることができなかった日本人の遺骨の納骨式が札幌で行われました。

美しい瓶に納められた遺灰。
シベリア地方で去年87歳で亡くなった岩本熙雄(いわもと・ひろお)さんです。妻と子どもたちの手で、12日、札幌で納骨されました。

岩本熙雄さんの妻・スヴェトラナさん(64)
「(日本に納骨するという)夫の望みをかなえることができて、子どもたちも私と一緒にいてくれて、うれしく思っています」

1938年に樺太で生まれた岩本さん。
朝鮮出身の父親が日本への引き揚げ対象にならず、自身も残留を余儀なくされました。

1923年生まれの野呂静江(のろ・しずえ)さんも残留日本人のひとりです。

野呂静江さん(1997年の取材・当時74歳)
「寒いところだっていうから、冬物を持っていかなければだめでしょう。樺太と変わりないというから」

野呂さんは74歳の時、中頓別町に永住帰国。
2018年、94年の生涯を終えました。

野呂静江さんの娘・笑子さん(69)
「(母は)いつも優しかった。神様みたいな」

孫・長尾洋子さん(48)
「(祖母はサハリンで)ずっと自分が日本人だと隠して夜になったら日本のラジオを聞いて…きっといろんな大変なことをしてたんでしょうね」

サハリン日本人会 加藤晃枝
「サハリンに残った日本人の遺骨の一部を日本の共同墓所に埋葬できるようになったことは非常に重要なことです。そして自分たちのルーツがある国で遺骨を埋葬してもらえること(を知っています)。ここに遺骨が安置されることを夢見ています」

いまもサハリンで暮らす日本人らでつくる「サハリン日本人会」には約80人が所属していて、今年の秋も一時帰国が予定されています。