1945年8月6日 大橋さんは爆心地近くで被爆

1945年8月6日。当時12歳の大橋さんは、爆心地からおよそ1.5kmの場所で建物疎開の作業をしていました。飛行機に気がつき友人と上空を見上げたとき…

大橋和子さん
「空を見上げた途端、“ピカー”っと光り、少し間を置いて“ドーン”と大きな音とともに、あたりが真っ暗になりました。友達は、両手にがれきを持って、仁王立ちのようにまっすぐ空を見上げていましたので、即死だったと思います。私はその子の後ろ影から空を見上げたので『その子のおかげでいまも生きているんだ』と、毎日その子に感謝しながら生活しています」

その後、学校に戻る途中、水たまりの水を飲もうと水面に顔を近づけたとき、水面に映し出された自分の顔は「目・鼻・口がどこにあるかわからない、本当に悲惨な姿だった」と話します。

顔や腕にはケロイドが残り、「死にたい」と思うことが何度もあったという大橋さん。家族のことを思い出し、思いとどまりました。