殉職した警察官が使用したマイク 最後の言葉は
無線マイクは、双葉警察署の警察官が避難誘導の際に使用していたものです。この警察官は、住民を誘導している最中に津波の犠牲になりました。「マイクから最後に発せられた言葉は何だったのか」。震災遺産が私たちに問いかけています。
会場に佇むのは、避難区域となった南相馬市小高区の牛舎にあった柱のレプリカです。変わり果てた柱は、取り残された牛たちが餓死するまでかじったものだといいます。
県立博物館・筑波匡介主任学芸員「餓死してしまった牛たちを見て『一番ひどい殺し方をしてしまった』として、飼い主は牛を飼う資格がなくなってしまったと言っている。こういった出来事を忘れたくないと飼い主も言っていて、私たちは柱のレプリカを作成させていただいた」
震災を知らない世代が増えるなか、どのように当時の状況を伝えていくのか。記憶の継承と資料の保護の両立が課題となっています。
県立博物館・筑波匡介主任学芸員「震災遺産は今まで保存した経験のないものでできている。そういったものをこれから100年、200年と残していく技術が確立しているとは言い難い状況。色々な研究者と協力しながらお預かりしている資料を未来に託していくということが課題」
この特集展は、4月11日まで開かれています。














