担任は「知らなかった」「気づかなかった」

証人尋問では、Aの高校1年、2年の担任だったY先生の証言も聞きましたが、知らなかった、気づかなかった、とばかりの回答に終始していました。

同級生からのからかいや悪口が続いている中で、Y先生からも理不尽に怒られて悩むAの様子を先生自身は考えたことがあるのでしょうか。Aは生徒からも先生からもいじめられていた、といっても過言ではありません。

また、海星ではいじめ対策委員会を開いたこともない、いじめの法律を研修した記憶はないとのY先生の証言に、この学校でいじめというものがいかに軽く考えられていたかを知りました。

中学2年、3年の時の担任だったZ先生の証言もまた、知らなかった、気づかなかったとの答えばかりで、自分が受け持った生徒がいじめで自死しているのに、まるで他人事のように話していました。

また、我が家にお参りに来られた時は、「海星ではいじめを考える道徳教育の時間もなかった」「いじめに関するアンケートを取ったり個別に話しをしたりするような制度もなかった」と言ったのに、裁判では海星ではいじめを考える教育もしていたし、生徒たちとコミュニケーションもとっていた、と全く反対のことを言われていました。

証言台に立った先生方からは、Aがいじめられていたことに気づかなかったことへの後悔や、救えなかったことへの謝罪などは微塵も感じることができませんでした。ただひたすら、海星高校を守り自分を守る、そのような姿にしか私たち遺族には見えませんでした。

Aの苦しみに寄り添う心も、再発防止を願う気持ちも何も感じられないのです。いじめを知らなかった、気づかなかった、で済ませるのであれば、いじめ防止対策推進法も重大事態がおこった場合のガイドラインも何もいりません。こどもの命を守るために、いじめ防止対策推進法はできたはずです。

過去にいじめで苦しむこどもを救えなかった教訓をもとにできた法律のはずです。しかし、海星高校のようにいじめ問題を真剣に考えることはなく、法で定められた教育機関としての責任を果たさなくても、学校であり続けられるのが現状です。