自衛隊が初の海外派遣を行った1991年、当時の駐米大使が海部総理に対し、湾岸戦争後の自衛隊派遣を強く要請していたことが外務省が公開した文書で明らかになりました。
外務省が公開した極秘公電では、1991年3月、湾岸戦争後の自衛隊の掃海艇派遣をめぐり、当時の村田駐米大使が「決断のタイミングは今からでも決して遅くはない」と主張し、海部総理に対して派遣を強く求めていたことがわかりました。
当時、日本は多国籍軍への財政支援のみ実施し、アメリカなどから批判を受けていて、村田大使は「掃海艇派遣は評価を挽回する絶好の機会」と訴えています。
海部内閣は、その後、調整を加速し、91年4月に掃海艇をペルシャ湾に派遣することを決定しました。
注目の記事
「雪も積もれば水とならない!?」降雪量1センチなのに”降水量0ミリ”の謎 32日連続降水量0ミリ記録の仙台

「40年の医師生活で初めて」インフルA型収束後にB型が大流行… 検査しても“隠れ陽性”は20%以上

富山県議会「議員バッジ」を14金から銀へ変更!金高騰でコスト2.5倍、8割削減の決断

『急性骨髄性白血病』命と向き合う美術家が作る“自身の分身”「骨髄をぐりぐり、ずっきゅんずっきゅんとでっかい注射で引っ張る」小さな人形に込められた祈り

川の渇水でアユ遡上できない⋯水量激減で海まで繫がらず、河口を重機で掘り“繋げる”毎日【高知・物部川 雨不足・水不足】

長~~い…まるで妖怪「一反木綿」?青空を優雅に舞う “春一番” の落とし物 見かけたら要注意 熊本県益城町









