打ち合わせは一切なし、食事にも一度も…ザ・ベストテンの裏話 “テレビ史”を変えた久米宏さん

小川彩佳キャスター:
黒柳徹子さんにお話を伺いましたが「ザ・ベストテン」で共演されていたときは、二人そろっての打ち合わせは一切なく、お食事に行かれたこともなかったそうなんです。しかし、本番ですごく近い距離で、それをまた楽しんでいらして、それだけの信頼感がおありになったということですね。
藤森祥平キャスター:
私は直接ご一緒する機会はありませんでしたが、改めて画面で少しだけでも伝わってくる圧倒的な熱量や、生放送を楽しんでいらっしゃったり、ニュースなのにイメージが笑顔でいらっしゃったり、感じることがたくさんありました。

【久米宏さん経歴】
▼1994年:埼玉県生まれ
▼1967年:TBS入社
▼1975年:「ぴったしカン・カン」司会
▼1978年:「ザ・ベストテン」司会
▼1979年:フリーに転身
▼1985年:「ニュースステーション」メインキャスター
▼2004年:「ニュースステーション」降板
▼2006年:TBSラジオ「久米宏ラジオなんですけど」パーソナリティ
経歴を挙げればきりがありませんが、中でも「ぴったしカン・カン」の司会、「ザ・ベストテン」の司会では記録的な高視聴率を叩き出し、フリーに転身されてからは「ニュースステーション」のメインキャスターを18年間に渡り務められました。

小川キャスター:
私はテレビ朝日のアナウンサーだった時代、「ニュースステーション」のあとを継いだ「報道ステーション」を担当していましたが、徹底して視聴者の皆さんにどうしたらわかりやすく、また面白く、興味深くニュースを見てもらえるのか、そのためにはどういった道具を使い、どんな演出をしていくのかというところに、とことんこだわるところは引き継がれていたように感じます。
藤森キャスター:
私たちもニュース番組を生放送でやっていますが、何か感じることはありますか?

東京大学准教授 斎藤幸平さん:
僕も直接面識はなく、直前にやっていた「報道ステーション」を見ましたが、すごいのが、政治家の方とかにひるまずにバンバン意見をぶつけていく。そのリアクションを受けて、またキャッチボールしていく。ああいうバランス感覚を持った方は、本当に素晴らしい逸材だったと感じます。

藤森キャスター:
久米さんご自身が書かれた自叙伝があります。『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』
この中にこのようなコメントが残されています。
「『ニュースを伝える立場』ではなく、『ニュースを見る側』に立つことを第一とした」
中学生がニュースを見てどう感じるか、どんな疑問を持つか、誰もが理解できて楽しめるという要素が不可欠だという思いでいらっしゃるんですよね。
小川キャスター:
「ニュースを受け取る側」と「ニュースを送る側」の距離感を一気に縮めていくという存在でもあったわけですよね。
斎藤幸平さん:
それをバラエティー化みたいに批判をする方もいるかと思いますが、それはいわゆる昨今のワイドショー化とも違って、みんなが意見を持って、ひるまずに自分たちのことを考えて発言できるということを促進するためにやられていたんですよね。
私たちは最近だとネットの炎上などもあり、テレビに出ている私たちもそういうことは言わなくなっちゃっていることを、改めて久米さんの姿勢を見て反省しました。
藤森キャスター:
生放送は情報を伝えるだけではなく、視聴者の皆さんと時間を共有しているということを絶対に忘れてはいけないということですね。今まさにこのとき。
小川キャスター:
本当に突きつけられる言葉です。私もこのニュースの向き合い方に迷うとき、「もし今、久米さんだったら、どんな言葉で、どんな佇まいでこのニュースを伝えていらしたかな」と思いを巡らすことがあります。情けないのですが、ついすがってしまうキャスターのお一人でもあります。
そんなときに、やはり整った言葉であったり、取り繕ったり擦り切れた言葉、また予定調和ではなく、生きた言葉や生きた表現を探り続けてきたのが久米さんだったように思います。そうした営みを諦めずにいたいなと、改めて久米さんの訃報に触れて感じました。
藤森キャスター:
日常的に既存の枠を外す努力を続けること。これが大事なんだということも、本当に肝に銘じたいなと思います。
小川キャスター:
心よりお悔やみ申し上げます。
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<プロフィール>
斎藤幸平さん
東京大学准教授 専門は経済・社会思想
著書「人新世の『資本論』」














