ターニャからのプレゼント

春男さんの旅立ちの日、それは捕虜として3年2か月に及ぶ収容所生活が終わることを意味していた。ターニャは、最後にあるものをプレゼントしてくれた。少し大きめの瓶に入った液体で、いい匂いが鼻腔を刺激した。

「これは何なの?」

春男さんの問いにターニャが答えた。

「シベリアから日本までは、何日も何日もかかるんでしょう。当然、シャワーも浴びられないでしょう。箱詰めの列車や船の中で、少しだけでも快適に過ごして欲しいの」

それは、ターニャ特製の香水だった。シベリア鉄道から船で日本へ向かうには、順調に進んでも、ある程度の日数を要する。しかし、何かが行く手を阻むかもしれず、そうなるとより時間がかかるかもしれない。

春男さんを通して、捕虜の過酷な環境を間近で見て理解していたからこその最後の贈り物だった。春男さんは香水の入った瓶を胸に抱えて、収容所に向かった。