日曜劇場『御上先生』の教室や廊下のセットは、そのスケールの大きさだけでなく、撮影の効率性まで徹底的に計算されている。限られたスペースと予算の中で、どのようにして複数のシーンを撮影し、リアリティを追求しているのか。前編に引き続き、美術プロデューサー・二見真史氏と、デザイナー・野中謙一郎氏の話からその裏側に迫る。
制約の中で生まれる創造性――1つの空間で複数のセット撮影をする方法とは

多くの芝居が繰り広げられる教室・廊下セットを、約240坪のスタジオを目一杯使用して再現した美術スタッフ。回廊できる廊下や吹き抜け、さらには2階部分まで備えており、まるで学校の一角がそのままスタジオに出現したかのようなセットで作品の世界観の土台となっているが、本作では保健室や進路指導室、さらには生徒の部屋など、異なるシーンも同じスタジオ内で撮影されている。
スタジオいっぱいに広がる教室セットがあるにもかかわらず、どのように場面の切り替えを行っているのだろうか。その秘密について野中氏が語る。
「実は、保健室のシーンは3年2組の教室と同じ場所で撮影しています。天井は共用で、壁面は、保健室用のものと入れ替えているんです」と野中氏。さらに、進路指導室も廊下の吹き抜け部分を利用して撮影されているという。

通常であれば、撮影のスケジュールに応じてセットを建て直す必要が生じるが、本作では巨大なセットを効率的にセットチェンジする仕掛けとして、セットの一部に車輪がついており、パーツごとに倉庫へ収納できる仕様になっているのだ。使用する際は、パーツを入れ替えるだけのため、短時間での切り替えが可能になる。「どこを外し、どこを活かすかをパズルのように組み替えることで、異なるセットのシーンを同じ場所で撮影できるんです」と野中氏がギミックを解説する。
ちなみに、教室の黒板側と後ろの壁も可動式になっており、簡単に取り外せる構造だ。後ろの壁は、背後に続く廊下の壁と一体になっており、両面に装飾が施されている。裏側に何もない壁であれば簡単だが、今回のような設計では外すことが難しいうえに、壁は天井を支える役割も担っているため、取り外し可能にするためには別の方法で自立させる必要があった。
「梁との隙間はほんのわずかで、精密な作業が求められる。大道具の皆さんの力で実現しています」と二見氏は大道具チームへの感謝を述べ、「この仕組みのおかげで、イチから飾り変えるよりも圧倒的に時間を短縮でき、撮影スケジュールの効率化にもつながっています」と連続ドラマの撮影事情にも言及する。

セット作りおいては、監督からの細かなリクエストにも対応しつつ、全体のバランスを取る工夫も求められる。その一例が生徒の部屋の入口の位置に関する相談だ。監督が提案した入口の位置の方が長いストロークで良い映像が撮れたのだが、セットのギミックに影響を及ぼす可能性があったという。
「監督案を採用すると飾り替えにかなりの時間がかかり、作品全体のスケジュールに影響してしまう。そこで、ドアの位置を妥協することで全体のクオリティーを保てることを説明し、監督にも納得してもらいました」と二見氏がやり取りを振り返る。
こうした細やかな計算や調整が積み重ねられた結果、限られたスペースの中で多彩なシーンを生み出しながらもスムーズな撮影進行を実現している。

そもそもドラマ制作は数多くの制限があるものだ。撮影スケジュール、予算、セットの飾り替えに必要な時間など、挙げればきりがない。美術スタッフはいくつもの条件を踏まえたうえで、最適なセットを生み出さなければならないのだ。
「美術というと自由に制作しているイメージがあるかもしれませんが、実はまったく自由ではありません。与えられた条件の中で、どうすればあらゆる面に優れたものが作れるかを常に考えながらデザインしています」と、二見氏が明かしてくれたのは華やかな映像の裏にある緻密な計算。細部まで計算し尽くされたクリエイティブの力がドラマの世界観を支えている。