二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還する『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。シーズン2の放送を記念し、山岸氏の解説を改めてお伝えしていきたい。今回はシーズン1で放送された1話の医学的解説についてお届けする。

※登場人物の表記やストーリーの概略、医療背景についてはシーズン1当時のものです。

準備の大切さ(脾動脈瘤切迫破裂)

1話の前半はさることながら後半ではますます医学的に教育的で示唆に富んでいて我々が肝に命じておくべき格言を渡海はバンバン言い放ちます。スナイプで手術を推し進めようとする高階に「未来の話をしているんじゃない。今の話をしているんだよ」。

目の前の患者さんを救うために我々医師は存在していて、目の前の患者さんを救いたいという純粋な思いでみんな医師を目指して医師になったはず。そんな当たり前のことを地位や名誉や人間関係や面子やなんやかんやで忘れてしまう。渡海はそんな高階に警笛を鳴らします。

佐伯教授がスナイプによって手術を継続しろと言った後の渡海の表情でいかに渡海が目の前の患者さんの命に対して真摯かを物語っています。

その後皆川さんのCTを見せながら、キョトンとしている世良に「素人のお前にはわからないかもしれないが、高階、あいつは準備を怠った」。

渡海の言う準備とは何か。それは術前の患者さんの術前検査を全部洗いざらい見て手術の方針を決めるという当然のこと以上に、その手術に臨むに当たり、医者になってから、いや生まれてからどれだけ努力してきたかまで含んでいる深い準備であると考えられます。少なくとも僕が見る限り、渡海はそこまでの準備をしてきた。でなかったら手術場でのあの自信は出てこない。

「どうして出血なんて。手術は完璧だったはずだ」という高階に渡海は「心臓はな。お前それ以外見てなかっただろ」。「このばあさん殺したらお前死ね」。とどんどんと高階を追い込んでいきます。

高階はおそらくそこそこ優秀で海外まで行って最新のスナイプを引っさげて日本に帰ってきた。その医者人生をすべて否定するかのように渡海はどんどん高階を攻め立てます。

どんなに優秀そうな経歴を引っさげて最新と言われる器具を扱えるようになっても、目の前の患者を死に至らしめるようであれば全くもってその経歴、最新技術は意味がないというどころか、凶器でしかありません。

海外にまで行って最新のスナイプを引っさげて日本に帰ってきたことが皆川さんを死に至らしめていると言っても過言ではない。証拠に脾動脈瘤を見落としていたどころか、手術では手が震えてなす術なくなっている。海外に行って最新技術を手にしても、失われそうな命を目の前にしたら手が震えて何もできないのです。

こんなことあるの?と思われる方いるかもしれませんが…事実として、経歴を見ると一流大学を卒業して一流大学に留学して論文も何個も書いて輝かしくて眩しいくらいなのに、実際手術を見てみたら手がプルプル震えてしまって目も当てられない外科医。結構いるかもしれません。

脾動脈瘤とはお腹の動脈で脾臓に行く動脈に瘤ができてしまう病気です。そこまで多い病気ではなく、僕が経験したのは10年で5例程度です。消化器外科、放射線科の先生方はもう少し経験があるのかもしれません。「最新の弁を入れると一気に血の巡りが良くなって他のところに支障が出ることぐらい分かるだろ」とは僧帽弁閉鎖不全症に最新の弁が入ることで僧帽弁の逆流が制御されて、全身に回る血液量(フォアードフロー、アウトプット)が増加して脾動脈瘤にかかる血圧が上昇して破裂したということです。

こんなことあるのかの裏付けに渡海はさらに「あの症例に(スナイプ論文に)今回と近い死亡例があった」と言い準備不足をどんどん攻め立てます。

実際あの大きさの脾動脈瘤と重症僧帽弁閉鎖不全症を合併した症例ではどちらを先に手術するかは、腎機能にもよりますが、結構迷うところだと思います。

脾動脈瘤の治療には手術による切除(+バイパス術)、カテーテルによるコイル塞栓などいろいろありますが、破裂か、破裂しかかっている状態では開腹(お腹を開ける)が妥当な選択かもしれません。これは病院のパワーバランスというか、開腹か(放射線科等による)カテーテル治療どちらが早く処置できるかにもかかってきます。皆川さんはショック状態で、どんどん血圧が落ちるので、麻酔科医もかなり慌てて麻酔導入したのか、チューブホルダーが逆になっています。

CTからすると結構深いところにあるので、破裂しているとかなり難しい手術です。状況によっては脾臓を摘出するという判断になるのですが、脾動脈の根元に瘤があるので脾摘だけでは対応できなそうです。脾動脈の流入血管と流出血管を見つけて止血するのですが、高階は出血部位を同定できずに焦り、死にそうな患者さんを前にして手が震え、持針器(針を持つ道具)を持つことすらできません。そこに渡海が登場します。

「じゃあやれよ自分で!」
で世良の患者さんに対する情熱。
「おっきい針もってこい!」「先生出血部位がわかりません!」
脾臓を周囲組織からメッツェン(ハサミ)で剥がし、手を突っ込んで持ち上げる渡海、脾臓を持つ世良の表情、素早く縫合止血する渡海、すばやい器械出しの猫田。まさにリアルな手術シーンでした。