■沖縄・北谷町のランドマーク、赤い観覧車と地域の歴史とは
沖縄県中部の観光地、北谷町美浜。沖縄とアメリカの雰囲気、いわゆるチャンプルー文化を味わえる商業エリアで、夏休みシーズンに入り、地元客と観光客そしてアメリカ軍関係者が入り混じりにぎわいをみせています。
この美浜エリアで訪れた人たちの目を真っ先に引き付けていたのは、地域のランドマークとして長年愛されてきた赤い観覧車観覧車です。高さはおよそ60メートル、2000年4月に開業し、その初日には4000人以上が施設を訪れ、施設の外にまで続く長蛇の列が伸び、待ち時間は最大90分になるほど大盛況をみせました。
訪れた親子(2000年のインタビュー)
「楽しかったです、景色が遠くまで見えて」「楽しかったー」
32基のゴンドラのうち31基は赤色、1基のみが黄色のペイントが施されていて、この黄色のゴンドラに乗る事ができたら幸福が訪れるななど、子どもたちの間でまことしやかな噂が流れたり、季節やイベントに合わせたイルミネーションなどで地域を明るく照らしてきました。また観覧車の下は『沖縄の路上ライブの聖地』として、夢を追うミュージシャンたちがこぞってパフォーマンスを行い、県出身アーティストのHYやD-51などもここから羽ばたいたグループの1つでした。
この観覧車が作られたカーニバルパーク・ミハマなどの商業施設を皮切りに、美浜地区は異国情緒あふれる“アメリカンビレッジ”という名称で、エリアを次々と拡大。ホテル建設も相次ぐなど、大きな経済効果を生み出す県内有数の一大リゾート地へと発展していきました。
■栄枯盛衰、老朽化や新型コロナの影響で突然の別れが-
地域の発展に大きく寄与してきた観覧車ですが、その運営を行っていたのは民間企業でした。新しいエリアが開発されたことで人の流れが変わるなど客足が遠のき始めたところに追い打ちをかけるように新型コロナの感染拡大によって、観光客が大幅に減少。観覧車は2021年には運休状態となっていました。
観覧車のあるカーニバルパークミハマから次々とテナントが撤退するなど、施設と観覧車維持・改修費の負担も大きくなりました。そうした中、再開発案が浮上し、観覧車を含む施設の売却が決まりました。この跡地には新たなホテルの建設が計画されています。
■思い出は胸の中に、さようなら観覧車、ありがとう観覧車
今野リポーター
「今ゴンドラがクレーンによって取り外されています。建物の一部も取り壊されていて、まちの景観がガラリと変わっています」
ことし6月から始まった解体作業では、まずゴンドラの撤去が行われ、大きな車輪状のフレームがなくなり、およそ2か月後には全ての作業が終わりました。
美浜を明るく照らし、多くの人たちを笑顔にしてきた観覧車の面影はどこにもありません。
県民
「とっても悲しい、学生のころ乗らなくても観覧車が見えたら美浜にきたなって気分が高ぶったことを覚えている」
観光客
「前に旅行に来た時に(観覧車を)バックに写真をとったんですよ、なくなっていてびっくり、もっと撮っておけばよかった」
近隣住民
「10何年も、毎日散歩でこの前を通ってきた。やっぱり寂しいですね、観覧車があったから街は活気づいたと思うし。ありがとう観覧車、さよなら観覧車って感じですね」
多くの地元客や観光客を出迎える美浜の玄関口に、次はどのような施設が作られるのか。ホテルの話もあるが、観覧車に変わる北谷の新しいランドマークになることが期待されています。
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