また当時は防空法という法律で防空壕の使用に関して明確な決まりがありました。

大前弁護士:
「防空法というのは、実際に爆弾が落ちてきたときには逃げてはいけない、消火活動をしなければならない」

防空壕は空襲の際に一時的に避難する場所とされ、空襲後すぐに消火活動をしない場合は厳しい罰則がありました。

大前弁護士:
「(消火から)逃げた者に対しては懲役6か月、罰金は当時の金銭で500円と定められていました。当時の教員、学校の先生の初任給が月55円ですから、その9か月に相当するような金額。逃げるな、火を消せ、そういう法律として国民に重圧を課すようなものになっていました」

「焼夷弾は怖くない」「弾はめったに目標物に当たらない」

当時の政府の刊行物にはこのように書かれていました。

手掘りの防空壕で、命を守った中村さん。81年経つ今をどう感じているのでしょうか。

中村一仁さん:
「何不自由なく生活ができるからね、今は。いい時代という事でしょう、平和な」