弱火でじっくりと焼き上げられた「メヒカリ」。ふっくらと柔らかい身から、ほどよい塩気と魚本来の香りが口いっぱいに広がります。これは、地元で獲れた魚を使い、手間ひまかけて作られる「縄文干し」です。
脂の乗ったいわき市の魚「メヒカリ」や、旨味が凝縮された「カレーの女王」とも呼ばれる「ヤナギガレイ」など、選りすぐりの魚が並ぶ縄文干し。その特徴は、日陰で風に当てて干し上げる製法にあります。魚の温度を無駄に上げずにじっくりと仕上げることで、魚の特徴が際立ち、透明感のある美しい干物になるのです。
創業から80余年、父から子へ受け継がれた味
この縄文干しを手がけるのは、いわき市の江名港のすぐ近くに店を構える「丸源水産食品」。1936年に初代・佐藤長一さんが創業した老舗です。現在の店主である佐藤幹一郎さんは、3代目にあたります。
佐藤さんが小学生の頃、店はさつま揚げなどの練り物を製造していました。しかし、大手メーカーの参入などにより売上は徐々に落ち込み、先代である父親が独自の製法で干物作りを再開。こうして生まれた縄文干しは、全国水産加工たべもの展で水産庁長官賞を受賞するなど、その品質と味が全国で高く評価されるようになりました。
震災を乗り越え、故郷へ。3代目の決意
佐藤さんは25年ほど前、一度地元を離れて北海道でサラリーマン生活を送っていました。転機となったのは、震災と原発事故でした。震災から半年後、今度は父親が亡くなります。「この広いところに母親一人で住まわせるわけにはいかない」。そう決意した佐藤さんは、地元いわき市へ戻ることを決めました。
しかし、震災から3年後に戻った故郷の状況は厳しく、港では水揚げがなくなり、事業は休止せざるを得ませんでした。2016年に営業を再開したものの、今度は風評被害が立ちはだかります。「試験操業で許可が出ない魚は使えないと説明しても、なかなか理解してもらえなかった」と佐藤さんは当時を振り返ります。
売上が伸び悩む中、佐藤さんは新たな戦略に乗り出します。支援事業の助成金を活用して冷凍ショーケースを導入し、直接販売に力を入れたのです。ショーケースには、イカの軟骨やショウサイフグなど、珍しい商品も並びます。
この取り組みが実を結び、常連客や遠方からのリピート注文も増えました。「出荷して喜んでくれる人がいて、また注文が入ると、ああ、やっててよかったなと思います」と佐藤さんは語ります。店の常連客も「先代の頃からここのメヒカリはおいしい。味も魚もいいから、みんな喜ぶんですよ」と太鼓判を押します。
「ちゃんと漬け込み、ちゃんと干す」父から受け継いだこだわり
縄文干し作りは、丁寧な手仕事の連続です。朝早く、佐藤さんはいわき市中央卸売市場へ向かい、自らの目で魚を仕入れます。この日は三陸産のチダイ8キロを仕入れました。「メヒカリは黒っぽいので、詰め合わせギフトには赤っぽい魚があったほうが映えるんです」と、商品の見栄えにも気を配ります。
仕入れた魚は、下処理をした後、何度も何度もきれいに洗浄。そして、2種類の塩や出汁などを配合した企業秘密の調味液に漬け込みます。この調味液は、先代の味に近づけるために大変な苦労を重ねて完成させたオリジナルです。
さらに、冷蔵庫で氷点熟成させ、2時間おきにかき混ぜるという徹底ぶり。一晩寝かせてアクを出し、よく洗った後に、日陰で自然の風と扇風機の風を使い、じっくりと干し上げていきます。
佐藤さんのこだわりは、父親から受け継いだ「ちゃんと漬け込んで、ちゃんと干していれば間違いない」という言葉に集約されています。「時間はかかりますけどね」と笑いながらも、その手間を惜しむことはありません。
江名の町に賑わいを。干物作りは未来への恩返し
震災の津波で被害を受けた江名の魚港は、佐藤さんが昔よく遊んだ思い出の場所でもあります。佐藤さんは、縄文干しを通して、ふるさとに賑わいを取り戻したいと願っています。
「この江名の町に、食堂や商店がもっと増えればいいなと思います。昔からのお客さんが気にかけてくださることが、とてもありがたい。だから、ちゃんとした商品をきっちりと作っていくことが、一番の恩返しかなと思います」。
豊かな漁場のあるこの町で、佐藤さんはこれからも父の味を守り、縄文干しを作り続けていきます。
『ステップ』
福島県内にて月~金曜日 夕方6時15分~放送中
(2026年7月24日放送回より)













