熱海土石流災害では、起点となった盛り土から大量の土砂が伊豆山地区に流れました。熱海の土石流災害からまもなく1年が経ちますが、警戒区域に指定されたエリアの中は、今も立ち入りが制限され、住むこともできません。

自宅が避難先からわずか2メートルと、目の前にありながら戻ることができず、もどかしい思いをしている住民もいます。

<湯原栄司さん>
(湯原さんのご自宅はどこだったんでしょうか?)
「あそこの白い建物です」
(茶色の建物の奥の白い建物?)
「上流があんな風になっているとは誰も知らなかった」

湯原栄司さん(75)。湯原さんの自宅は土石流が流れついた逢初橋のすぐ近くでした。

2021年7月3日午前10時半頃、湯原さんは自宅の1メートルほど手前で止まった土石流の第1波を近所の住民と共に眺めていました。

<湯原栄司さん>
「第2波が来るの全然知らなくて、近所の人と世間話をしてたんですよ。それで上からうちの女房は見てたもんで、来たよ!って言われて。このドアもすっ飛んじゃって、土石流が。階段の」
(あの茶色のあそこまで埋まっていたということですか?)
「あと2段っていうとこまで泥が来た」

湯原さんの自宅は、土砂が1階部分を埋め尽くし、湯原さんは自宅に閉じ込められてしまいます。

<寺坂元貴記者>
「土石流で建物の中に取り残されたとみられる、赤い服をきた男性も救助されました」

丸1日、自宅に閉じ込められた湯原さんと妻は、機動隊員によって3階の窓から救出されました。

<湯原栄司さん>
「避難所に着いた時には、あーよかったっていうのはありますね」

その後、湯原さんの自宅は2次災害のおそれがあることなどから警戒区域に指定され、立ち入ることができなくなりました。

<湯原栄司さん>
「仮設で応急的な手当てはいいけど、工事としてやってはいけない。例えばここだってベニヤにするんだったら、もう扉つけた方が早いでしょ?ここにしたってね。それができないんですよ。だからここガラス入れてくれって言ったらダメだったんで」
(住んじゃだめ?)
「とりあえずはね」

妻と50年住んだ愛着のある家だけに、湯原さんは修理をして戻りたいと考えています。しかし、警戒区域解除のメドは立たないまま、通りを挟んだ自宅からわずか2メートルのアパートに身を寄せています。

<湯原栄司さん>
「虚しいというか悔しいですよね。たった2メートルしか離れてないのに入っちゃいけない」

湯原さんのように警戒区域内に住んでいた184世帯が今も避難生活を強いられています。

避難を余儀なくされている住民は今年3月、「警戒区域未来の会」を立ち上げ、熱海市に対しての提言を行ってきました。

<委員>
「この基本方針、計画自体に伊豆山の警戒区域の話がほぼありません。自分たち(被災者)が計画の中にどこに入っているんだろうと思っています」

警戒区域の早期解除を望む住民と管理する熱海市との間には溝があるようです。

<熱海市 危機管理課 高久浩士危機管理監>
「警戒区域の解除はそこの安全が第一になります。国、県、警察と慎重に協議をして決めていこうと考えておりますが、なるべく早く皆さんにお示ししたいということから、8月の上旬にはスケジュールを示したい」

<警戒区域未来の会 中島秀人代表>
「ある日突然、生活を失ってるんですよ。生命とか財産とか一瞬で奪われているわけだから、行政が一緒に後押ししていただかないとみんなが生還できないと」