ハンセン病ではなかった父親までも隔離され 孤児になった
祖母と母親が和光園にいた、奥 晴海さんも、当時、取材に応じてくれました。奥さんは、ハンセン病ではなかった父親までも隔離されたことで孤児となりました。
「ハンセン病の子ども」とさげすまれ、預けられた親戚の家では労働力として扱われました。
(家族原告 奥 晴海さん 2019年のインタビュー)
「大変なところに来たなあって、ほんと迷惑な子がここに来たみたいな感じになってきたのも、子どもながら顔を見たらわかりましたよ」
「やっぱり自分の心の中に染み付いた傷だけは一切消えないので、そこだけは国にしっかりわかってもらいたいと私は思っていますよ」













