子どもの居場所づくりに奮闘

たくさんの愛情を受けながら自分のルーツを探し続け、18歳のとき自らの生い立ちを公表。以来「子ども食堂」の運営など子どもの居場所づくりに奮闘しています。

(宮津航一さん)
「感謝の思いですね。ゆりかごには賛否両論あります。ゆりかごが必要だと言う人もいれば、不必要だと言う人もいます。でもゆりかごがあるから私は命を救ってもらった。そしていま、自分の第2の人生があると」

「ゆりかごに預けられたあと、その子どもたちが幸せでなければ意味がないと。命をつないで、そしてその子たちが幸せになるようにつくっていくのは、慈恵病院や行政だけではなくて、社会にいる私たちひとりひとりなわけですね」

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(参加者)
「こうのとりのゆりかごは賛否両論いろいろあるというお話もあったんですが、社会の一員として支えていきたいなという思いです」
「私も子どもの福祉のことで関わってきたことがあるので、自分がお世話した子どもさんたちが本当に幸せになってくれていたらいいなと思いました」

(宮津航一さん)
「最終的にはこのゆりかごがいらなくなる、必要とされない社会をつくらないといけないと思っていますので、昨年度も7件の預け入れがありましたので、この数字に社会がどう向き合うかがいま問われているんだろうと思っています」

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