「一木一草を用いない」 三玲の革命的な庭園「驢庵」を本来の姿に!
そして、高梁市の備中松山城の城下町に眠っていたのが茶庭「驢庵」です。
「大丈夫ですよね。この辺なんか使えそうなんですよ。昔は一本立ちの掘立てでしたもんね」
2024年4月、この庭を復元する「驢庵」再生プロジェクトが始まりました。本来の姿を取り戻すべく、今後約1年半かけて工事が進められます。プロジェクトには三玲の孫で同じく作庭家の重森千靑さんも参加。祖父の思いも背負って復元に臨んでいます。
(重森三玲の孫 重森千靑さん)
「良く残してくれたなと思うんじゃないですかね。その辺にいたとしたら木々がいっぱいな状況はすごく苦々しく思っていると思う」
70年前、「驢庵」が完成した当時の写真です。茶庭は、奥深い自然を表現するため「植栽が多いことが当然」とされていました。しかし、依頼主から「茶室の移築に予算がかかり、庭園には金を掛けられない」という条件を出された三玲は、初めて木や草が全く無い=「一木一草を用いない」茶庭を作ろうと決意しました。「驢庵」は三玲が不可能を可能とすることに熱意を燃やした革命的な庭園なのです。

そして今週、この一木一草もない庭の再生に向けた第一歩として、草木を取り除く作業が行われました。「驢庵」の元の所有者が植えた椿以外が無くなり、元あった庭園の姿が現れてきました。

(発起人・造園家 稲谷順一さん)
「もうここまで下地が見えるとインスピレーションも湧きますし、『三玲さんはあのときこういう感覚でこういうことされていたのかな』と思いも少し伝わってくるようなところまでは見えてきた。本当に偉大なる先輩の形見じゃないですけど、思いを受け継いでいけるような再生にしたい」
いよいよ本格的に動き出した再生プロジェクト。作庭家・重森三玲がこの地に残した庭園が蘇ろうとしています。










