コロナ禍で2年連続中止となっていた熊本城マラソンが今月19日、3年ぶりに開催されます。出場、応援、観戦とそれぞれの楽しみ方を計画して心待ちにしている人も多いのではないでしょうか?

熊本城マラソンは熊本市が2012年政令指定都市への移行を記念して始まりました。それまで熊本市内を駆け抜ける長距離レースといえば「熊日30キロロードレース」でした。

「熊日30キロロードレース」は熊本城マラソンの種目のひとつとして現在も開催されていますが、昔から日本の有力ランナーを招待してきた歴史があります。

いまから50年前のニュースを振り返ってみると…スタート地点にはそうそうたるメンバーが並んでいました。

1973(昭和48)年2月18日 RKKニュースより

「第 17 回熊日招待マラソン」(※1)は、きょう原水(菊陽町)折り返し30キロの公認コースで行なわれ、東洋工業の大槻憲一選手が初優勝を飾りました。

この大会には、新日鉄の君原選手(※2)など日本長距離のトップ選手ら126人が参加しました。午前11時、金栗四三(かなくり しそう)さん(※3)の号砲で熊日前を一団となってスタートしました。

この日の熊本地方は、あいにくの小雨模様で気温も正午で15.7度と、平年よりも4度高い悪条件となりましたが、選手たちは懸命に力走しました。市街地を抜け、杉並木の大津街道に入った所で、ゼッケン2番の大槻がトップにおどり出ました。

原水の折り返し点では、大槻、佐々木、宗の順に通過、その後大槻は順調なペースで飛ばし、完全な独走体制に入りました。

折り返し点で、日本最高を31秒も上回った好タイムで通過した大槻は、復路に入るとスピードがにぶり、結果1時間33分18秒の記録で熊日本社前にゴールイン。初優勝を飾りました。

尚、2位は福岡大学の喜多選手、3位に旭化成の宗 選手(※4)、期待の君原は5位に止まりました。

<編集部注>
※1…「熊日30キロロードレース」の前身
※2…君原 健二さん 1968年メキシコ五輪マラソンの銀メダリスト
※3…金栗 四三さん 初の五輪マラソン日本代表選手で日本マラソン界の発展に寄与した「日本マラソンの父」。熊本県和水町出身(当時81歳)
※4…宗 猛さん 双子の兄・茂さんとともに1980年代を代表する選手。現在、旭化成陸上部総監督

(※当時の原稿を一部修正しています)

「金栗記念」の冠

熊日30キロロードレースには「金栗記念」という冠がついています。今回も「日本マラソンのDNA」を受け継いだランナーたちが熱いレースを繰り広げることでしょう。

「熊本城マラソン2023」は2月19日(日)午前9時スタートです。

RKKテレビでは午前8時から大会の模様を生放送します。