◆党員人気の高い石破さんが総理になれない矛盾
結局、大臣のポストも派閥のバランスを取りながら決めていく。そうなると、スペシャリストじゃない人が大臣に選ばれる。デジタルのことを全く知らない人がデジタル担当大臣になった、なんていうのが分かりやすい例ですね。
「衆議院何期目だからこのポスト」とか、そういうことで動いているのを、僕たちは諦めとともに見ているようなところがありますが、それはよくないと思います。派閥の人数の多い少ないで総理大臣が決まっちゃうわけですから。
自民党員の中で一番人気が高いとされる石破さんが、議員の票を取ることができなくて党総裁に選ばれないっていうのを、ここのところずっと見せられていますよね。「自民党のあり方が許せないから、党員になって票を投じるしかない」と言っている人がいました。半分はブラックジョークだとしても、やっぱり今のシステムだと、そういうことを言いたくなりますよね。
◆選挙に行ってから話をしよう
では、首相を公選する、あるいは韓国やアメリカのような大統領制にして国民の直接投票とするか。いろんな案はありますが、現実的なものではありません。日本は戦後、象徴天皇制として、国民の心のよりどころをそこに据えながら、政治家に対してはそこまで信頼できなくても任務を遂行してくれればいい、というふうになっているからです。
一方で、大統領選の熱狂というものが、大統領制を採用している国から伝えられるたびに、毎回、王様を選ぶようなあの感じは、今の日本にもたらされると大変なことになるんじゃなかろうかという気もします。現状のシステムを少しずつ良い方向に変えていくことを目指すのであれば「まずは選挙に行ってから話をしようよ」ということになると思うんですね。
◆茶番ぶりに「諦め」の気持ちを抱きかねない
今回の政倫審のふがいなさ、特に自民党議員が裏金議員に質問をすることの、構図としての茶番ぶり。質問全て腰が引けているというつもりもないし、野党議員の質問が全てよくて、与党議員の質問がよくなかったと言うことではないことは断っておきます。
でも、見ている側に「これって同じチーム(党)の人同士で話しているんでしょう?」っていうのがあるから、あれを延々見せつけられると、怒りを通し越して諦めに繋がるんじゃないかなと思います。
ほかの国会審議と違い、官僚のサポートを受けなかったので、裏金議員とされる人たちの答弁も自分の言葉で喋っている感じはありましたが「これで禊(みそぎ)が済んだ」と考えるのは大間違い。あれで説明責任を果たしたということで、一つの区切りみたいに思われると、有権者としては無力感にさいなまれます。
詰まるところ、責任感がないんだと思うんです。あとで責任を取る覚悟もないまま、自分が属する派閥のシステムに乗っかって、お金集めをしていたのでしょう。今やっている行為の先にあることを見据えてやっていたわけじゃないという気がするんですよね。
だから政倫審を公開するかどうかでもあんなにグダグダ言って、いざ公開するってなったら「いや前からそれがいいと思っていました」みたいな。どの口が言うのよって。このコーナーでよく使うフレーズですが、こういうのを子供たちに見せたくないんですよね。
結局、真面目に声を上げるのが馬鹿らしく思われてしまうような、ああいうことを国民の代表の立場にいる人たちがやるのは、本当に控えてほしいと心から思います。







