石川県が生んだ偉大な実業家であり、近代日本の産業発展を牽引した巨人、畠山一清(1881-1971)。彼の情熱と誠実さに満ちた生涯と、多岐にわたる功績を浮き彫りにする特別展「能登の殿様、世界に挑む—畠山一清と国産ポンプ—」が、石川県金沢市の「金沢ふるさと偉人館」で開催されています。

技術者、実業家、文化人の顔を持つ畠山一清、その足跡をMROアーカイブ映像を交えて取材しました。

畠山一清は、明治14(1881)年、石川県金沢市長町で生まれました。極貧の生活を送る逆境にありながら、不屈の精神で学び続け、義兄の援助を受けて、東京帝国大学(現在の東京大学)機械工学科を首席で卒業しました。

畠山一清(左)井口在屋(右)の胸像 金沢市ふるさと偉人館の展示より

彼がその知識と情熱を注いだのが、当時まだ輸入品に頼りきっていたうずまきポンプの国産化でした。ポンプ技術の権威であった井口在屋(いのくち・ありや)博士の理論を実用化すべく、博士と共に大正元(1912)年に「ゐのくち式機械設計事務所」を創設。これが、後に世界的なポンプメーカー「荏原製作所」へと発展する第一歩となりました。

彼の掲げた「熱と誠」という理念は、最高品質の製品を世に送り出すという固い決意の表れであり、日本のものづくり精神の原点とも言えるものです。