幸い中村さんが戦地に送られる前に日本は終戦を迎え、自画像は盛岡市の中村さんの実家に飾られました。
佐々木さん
「住んでいた東京も焼け野原になり『これからどうして行くんだろう』という時に、叔父の心にあったのは『やっぱり絵が好きだ、その仕事を貫いていく』ということが、その時代を乗り越える力になったんじゃないかなと思っていますけど」
中村さんは、東京美術学校を卒業後資生堂に入社し、企業デザイナーとしての立場を貫く傍ら、晩年は盛岡市や岩手県をPRする仕事にも精力的に取り組みます。
幸い中村さんが戦地に送られる前に日本は終戦を迎え、自画像は盛岡市の中村さんの実家に飾られました。
佐々木さん
「住んでいた東京も焼け野原になり『これからどうして行くんだろう』という時に、叔父の心にあったのは『やっぱり絵が好きだ、その仕事を貫いていく』ということが、その時代を乗り越える力になったんじゃないかなと思っていますけど」
中村さんは、東京美術学校を卒業後資生堂に入社し、企業デザイナーとしての立場を貫く傍ら、晩年は盛岡市や岩手県をPRする仕事にも精力的に取り組みます。







