こちらは建築家でありフルート奏者である畠中秀幸(はたけなか・ひでゆき)さんです。右半身麻痺という障害を抱えながら、左てだけで繊細なメロディーを奏でます。「障害によって表現の幅が広がった」と語る、その生き方に迫ります。
フルート奏者、畠中秀幸(はたけなか・ひでゆき)さん。
通常、両手で演奏するフルートを、畠中さんは、左手だけで演奏する。右半身に麻痺があるためだ。
畠中さんが向かったのは恵庭の教会。
畠中秀幸さん
「こんにちは」「きょうよろしくお願い致します」
建設会社が同席しての、外壁工事の打ち合わせ。畠中さんは、現代を代表する1人と紹介される建築家。スタイリッシュな建築スタイルで、数々の賞も受賞している。
実は14年前、牧師夫妻は、老朽化した教会の建て替えを依頼した。すると、畠中さんは当時あった天井を見るなり…
畠中さん
「すぐ言いましたもんね、僕」
牧師さん
「天井抜きましょう!って」
畠中さん
「天井抜くのが僕の仕事だと、見た瞬間に思ったので」
牧師の奥さん
「意味が分からなかったです」
畠中さん
「演奏会ができる教会になったほうが良いって、人が集まりやすい。なので天井抜くとめちゃくちゃ音良くなったんですよ」
新しく造るだけではなく、古き良きものをしっかり後世に残すのも建築家の仕事だと畠中さんは言う。
9才からフルートを習い始め、道内トップクラスのコンクールで中学3年生から3年連続で優勝。
一方、建築に興味を持ち、京都大学で建築を専攻。社会人となり、勤めた会社で札幌ドームの設計も手がけた。
その傍らで、学校の吹奏楽部を指導するなど音楽活動も続けた。
しかし42才の時、演奏会で指揮をしている最中に倒れ、救急搬送。左脳の出血により、利き手である右側が半身不随に。
絶望する畠中さんが、再起するきっかけになった言葉がある。
畠中さん
「入院して二日ですよ。強烈ですよね」
脳出血で右半身不随となった畠中さんに、かけられた言葉。それは意外なものだった。
畠中秀幸さん
「尊敬する芸術家の先輩が、それはすごいラッキーなんだと、病気したことが。その時、確実に右半身が麻痺していて、まったく動いてなかったんですよ。一般の人が感じない感覚をいっぱい感じることができるんだから…それは芸術活動としては最高だという言い方をしてくれたんです。入院二日目ですよ。強烈ですよね」
その言葉を証明するように、それまで考えつかなかったアイディアが浮かぶようになった。寝たきりの女性がいる家を設計した時、床をバリアフリーにしただけではなく…
畠中秀幸さん
「天井の形を変えて、光の質が色々変わるようにしました。それは僕が半年くらいずっとリハビリしながら寝てたので、天井見ていて、何の色気もないし、見ていて面白くないなと思ったときに『あ!』と気がついた。
リハビリにより、設計図も左手で書けるようになったが…
畠中秀幸さん
「変な人が入ってきた感覚なんですよ。知らない人が。動かない人が。僕自身が矛盾している訳じゃないですか。左手はできるけど右手はできない。感覚の洪水、情報の洪水にやられてしまって、それで適応障害になって、4年前にそれで苦しんだんですけど…これはちょっとやばいなと思って。何かできないかなと思ったらフルート吹くしかなくて。吹いているうちに今の音が出るようになり…」
畠中さん
「よいしょ…失礼しま~す」
「はいどうぞ!」
フルートにより心の安定を取り戻した畠中さん。14才の頃からフルートを調整してもらってきた空知の長沼町の山田さんを訪ねた。左手で演奏できる音を1つでも増やせないか相談したのだ。
山田さんは、木を一から削って、木管ピッコロやフルートを造れる日本でも数少ない職人の1人。
かのウィーン・フィルハーモニーの名フルート奏者だったヴォルフガング・シュルツ氏も、山田さんのピッコロに惚れ込んだ一人だ。
一般的にフルートは、右手が使えないと、レ、ミ、ファと、その周辺の半音を出すことができない。それを山田さんは、左手で出せるシステムを考えた。
畠中秀幸さん
「僕、右手がもう使えなくなったので、山田さんに、ここにキーをいっぱいつけてもらって1、2、3、4、5個付けてもらって(左手の)小指で使ってます」
全ての音を出せるようになったので、どんな曲でも吹けると…
身体の半分に麻痺があると、腹筋や肺の力も半分ほどになる。
力強く技巧的な演奏スタイルが、障害によって、繊細な音色を表現するスタイルに変化した。
山田さん
「私は楽器を作る立場なので、批評する立場ではないんですけど、とても今の音も素敵なんじゃないでしょうかね…」
畠中さんは、復活を期し、ピアニストの友人とクラリネット奏者である妻と共に、キタラでのコンサートを企画。7月2日。満席のホールのステージに立った。
畠中秀幸さん
「感覚が残ったのが正しくて、無くなったのがゼロになったり考えたりすると、感覚が半分になったとか、2分の1になったとか言われるかもしれないですけど、僕は違う感覚を2つ持ったという点においては2倍とか、2倍以上の感覚を持てたのでラッキーだったなと思います。障害は、ハンディキャップだと言われるかもしれないですけれど、感覚ということにおいては、僕は2倍の感覚を手にしているので、アドバンテージ(利点)だとしか言い様がない」
7月13日(水)「今日ドキッ!」午後6時台