2024年に北海道小樽市で起きた飲酒運転による死亡事故の裁判で、8日、検察は危険運転致死の罪に問われている男に対し、懲役5年6か月を求刑しました。

事故があった現場(北海道小樽市・2024年9月)【この記事を画像で見る】

起訴状によりますと、北海道七飯町に住む無職・大沢亮汰被告(34)は2024年9月、酒の影響で運転が困難な状態で小樽市内の国道を走行し、対向車線にはみ出して、当時24歳の大学院生の田中友規さんが運転する車と正面衝突し、死亡させた危険運転致死の罪に問われています。

警察の捜査に立ち会う大沢亮汰被告(北海道小樽市・2024年9月)【この記事を画像で見る】

8日の公判では、田中さんの遺族が陳述し、大沢被告へ重い処罰を求めました。

田中さんの妹
「前回の公判で被告人は涙を流していましたが、何の涙ですか? 自分の将来を暗じた涙ですか? 被害者家族への後悔の念ですか? 私には前者にしか見えませんでした。後者だとしても許せません。兄はとても優しく、すごく尊敬できる兄の姿をこれからももう見られないと思うと寂しくてたまりません。兄とは5歳離れていてすごく私のことを可愛がってくれました。兄の恋の悩みは私が乗っていました。兄は家族に何でも話す人で、隠し事ができないそんな兄が大好きでした。兄を返してください。まだまだ話したかった。成人の振袖姿も見てほしかった。被告人には少しでも長く刑務所に入ってほしいです」

田中さんの弟
「兄は、仕事が忙しい父に変わり、少年団によく迎えにきてくれました。亡くなる直前に、兄の誕生日に初めてプレゼントを渡しましたが、亡くなってから、嬉しかったと友人に話していたと知りました。僕に対して愛情をくれて心配してくれていました。被告人に対して、許せない気持ちでいっぱいです。兄を返してほしいです」

田中さんの母
「前回の被告人の発言に違和感を感じました。オータムフェストから徒歩10分の距離にあるコインパーキングより、もっと近いところは他にあるはずです。わざわざ遠いところを選んだのはなぜでしょう。車に乗ってきたこと自体、そもそも最初から飲酒運転をするつもりだったとしか思えません。飲酒運転の常習性を強く思います。息子は、長男としての自覚があり妹や弟の面倒をよく見る子でした。医師になりたいと塾に通い、自分の意思で中学校も選び合格しました。大学院に進んでからは、企業のインターンシップに進みました。10人しか選ばれないものでした。就職したい企業に入れば自分の研究分野が活かせると喜んで話していた姿が忘れられません。事故直前にいった家族旅行では、おそらく来年は就職活動で忙しいからこれが最後の家族旅行になるねと話していました。まさかそれが本当になるなんて思いもしませんでした。息子は、飲酒運転という身勝手な行為で殺されました。無差別に殺されてしまった被害者なのです。あまりにも可哀想で納骨できていません。自慢の息子です。友規を奪った大沢亮汰が憎くて仕方ありません。一生懺悔してください。あなたの幸せな未来は許せません」

田中さんの父
「もしあの時、30秒ずれていたら、事故に遭ったのは私の息子ではなかったかもしれないという理不尽なシナリオです。加害者は、あらかじめ離れた場所に車を停めています。翌朝、躊躇なくそこから車を運転しています。悪質です。加害者は生きていますが、息子は亡くなって時間はもう取り戻せません。これからの希望に満ちた前途を奪われて無念としか言いようがありません。飲酒運転によるこのような事故がないように、息子の無念、私どもの無念が少しで晴れる適切なご判断をしていただくようお願いします」

検察側は、論告で「長時間にわたり酒を飲み、体内に高濃度のアルコールを保有し、その後運転するのは極めて危険で無謀」「常習的な飲酒運転を繰り返していたと言わざるをえない。見つからなければ良いという魂胆が透けて見える」と厳しく非難。大沢被告に懲役5年6か月を求刑しました。

大沢被告の裁判の法廷(札幌地裁小樽支部・6月10日)【この記事を画像で見る】

一方で、弁護側は「被告人は今後ハンドルを握らないことを誓っている」などとして情状酌量を求めました。

最後に大沢被告は「改めてご遺族にお詫び申し上げます。私の身勝手な飲酒運転により大切なご家族を奪い申し訳ありませんでした」と述べ、さらに傍聴席に向かって「申し訳ありませんでした」と、涙ながらに頭を下げました。

付近を走っていたドライブレコーダーの画像【この記事を画像で見る】

判決は29日に言い渡されます。

田中友規さん(遺族提供)【この記事を画像で見る】