《峠の先に待っていた〝海が見える〟復興を選んだ町の景色…》

ようやく女川町の街並みと海が見えてきました。

高田晃太郎さん(元新聞記者)
「やっぱり海が見えたほうが気持ちいですね。街の印象がガラっと変わりますよね」

東日本大震災では、14メートルを超える津波が押し寄せ、女川町の8割が浸水しました。港近くまで進むと、前日、声を掛けてくれた女性と再会しました。

前日に出会った女川町の女性
「あ、こんにちは。クサツネ!本当に来たんですか?すごい、女川まで歩いて?すごいですね、ようこそ女川町へ」

女性は震災後、ボランティアとして女川町に入り、その後、この町に移り住みました。

高田晃太郎さん(元新聞記者)
「女川はすごいキレイな街並みですね」

前日に出会った女川町の女性
「海が見える町っていうので防潮堤が、海の奥まったところに…海の中に防潮堤を建てているんです。女川町は海とともに生きている町ですね」

マチをかさ上げし「海が見える」景色を残す…それが復興のときの選択でした。