「受診できずに死んだ子どもがたくさんいた」。終戦直後の札幌で、医療を受けられない人々を助けようと市民が立ち上がりました。馬小屋を改装した「月寒診療所」。その医療は、コロナ禍の現代にも伝わっています。
札幌の堀毛清史(ほりけ・きよし)医師です。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、通院ができない高齢者の訪問診療に力を入れています。
月寒診療所15代目所長、堀毛清史医師
「あ~良かった。心臓も元気だ。食事はどうですか?ちゃんととれているかい?」
患者
「大丈夫」
医療で人に差別があってはならないとする堀毛医師。その理念を培ったのは月寒にあるクリニックで所長を務めていたときでした。
「月寒ファミリークリニック」。コロナ禍にもかかわらず、かかりつけではない患者も含め多いときには1日100人ほどを受け入れています。
札幌市民
「いい先生。すっごくいいの。優しいの」
「困ったときに行く感じ。他の病院で治らなくて勤医協さん行くみたいな」
「無ければ年寄り困るべ。近所のね」
地域住民のための医療。その原点は戦後の混乱期に誕生した「月寒診療所」でした。
「月寒」は、明治初期(1871年・明治4年)に岩手県から185人が入植し、農地開拓がはじまりました。のどかな田園風景が一変したのは、1896年(明治29年)。国道36号線の周辺には、旧陸軍の官舎や練兵場が次々とできました。
生駒正尚さん
「月寒は軍都と言われたようにね」
「月寒」の歴史に詳しい元札幌市議会議員の生駒正尚さん。地元に残る戦争の史跡を案内してもらいました。
生駒さん
「歩兵第25連隊の兵営があった」
「歩兵第25連隊」は、203高地、ガダルカナルなどの激戦地で多くの犠牲を出した「第七師団」に所属する部隊です。ここに、歩兵第25連隊の兵営の正門がありました。正門前の2本の松は、「営門(えいもん)の松」と呼ばれ戦地に赴く兵士を見守りました。その1本は今も残っています。
平和公園には、日露戦争以降の戦死者などおよそ4000人の遺骨や名簿が祀られている「忠魂納骨塔」があります。軍事拠点があった「月寒」ですが、空襲などの被害もなく終戦を迎えます。ところが、月寒の住民にとっての本当の戦いは、戦後に始まりました。
生駒さん
「(歩兵第25連隊の兵営に)樺太・中国・ロシアの引き揚げ者もあそこに入れる政策をとったんだね。行政としても。だからあそこに4~5000人の新たな住民が入り込んで、非常に衛生状態が悪い」
戦時中、陸軍の兵営があった札幌の月寒。戦後直後、中国などからの引き揚げ者によって混乱状態にありました。冬は、元兵舎の壁を壊して燃やし暖をとったことも。そして最も、人々が恐れたのが「病気」です。
湊知興副館長
「そうですね、この辺ですね。(ここがご実家だった?)そうです」
郷土資料館の湊知興副館長は、戦後、月寒の農家の9男として生まれ、両親や兄から当時の生活をくわしく聞いていました。
湊副館長
「一般庶民が使える病院がほとんどなくて、富山の常備薬・頓服薬とかいろいろありますけれどもそういうのでごまかしてきたというか、やり過ごしていたというのが実態。盲腸も我慢していよいよ危ないという時に(札幌中心部の)病院に行って、もう手遅れですよとかね。子どものうちに死んだとか、死亡率高かったと思います」
月寒にあった軍の病院は戦後、多くの負傷兵が入院していたため、金持ちなど一部の恵まれた人しか受診できない病院になっていました。病院の看護師や事務員が、医療の差別を正そうと声をあげましたが、占領軍の指示で病院から追放されました。
堀毛医師
「その人方が何とかここを住みよい町にしようということで、診療所をつくろうという運動が起きた。なにせお金が無い運動。たまたまあった馬小屋、当時1頭か2頭、馬が実際に住んでいたらしい。その馬小屋をみんなの力で改造すると」
馬小屋を改築してできたのが「月寒診療所」。引揚者の大工など、多くの住民ボランティアが協力しました。木材や畳などの建築資材や、洗面器などの備品の寄付も多かったといいます。堀毛医師は15代目の所長を務めました。
堀毛医師
「もうすぐから患者さんかえって大変だったと聞いている。先生が2階の病室に患者をおんぶして上がって、患者が夜中に目を開けると星空が見えていた」
月寒診療所は、いまも「月寒ファミリークリニック」という名前で診療を続けています。医療費の支払いが困難なホームレスやDV被害者などに無料で診療するなど、開設当時と変わらない「誰もが受診できる医療」を実践しています。堀毛医師は、生きることに必死だった終戦直後に住民が作り上げた診療所には、未来への希望が込められていたと考えてます。
堀毛医師「単に受診できることを保証するだけではなく、新しい町づくり、新しい平和な地域を作るんだということに、皆が一緒になって動き始めた運動だったと考えている」
8月15日(月)今日ドキッ!6時台