約900人の命が奪われた岐阜空襲からきょうで81年です。地元の中学生らが犠牲者を悼み平和を願いました。

1945年7月9日の岐阜空襲では、アメリカ軍の焼夷弾で、市街地の8割が焼失し、約900人が犠牲になりました。

式典には地元の中学生や空襲体験者らが参列し、93歳の山田昌子さんが薄れることのない記憶や当時の気持ちを語りました。

(山田昌子さん)
「きな臭いにおいや、黒煙、柳ヶ瀬の方の空は異常に赤く明るく、こうも明るくなるのだと茫然と立ち尽くしました」