田中角栄 浅草大橋開通式でのスピーチ
1984(昭和59)年10月24日 ―

山の中に200億もの工費をかけてダムを作ると。その水が、何万人、何十万人という就業に影響を与えるわけでありますから。
まぁそのその付帯工事としていろんなものができた。
トンネルもさっき通ってきながら、これは補助事業でやったら15年ぐらいかかるなと、こう言ったんですが、まぁやっぱり、そういう波及効果ということが、非常に証明されたのがこの橋だと思います。
また村長には、信濃川や何かにみんな捨てる春先の鯉の子があるから、そいつをただでもらってきて、100万匹も1000万匹も放しなさい。そしてこれをただで釣らせなさい、と。そういうところに夢があるんだと私は思います。
いま橋から見ましたが、252号線はもうすでに開通しておりますが、289号線も大体直轄の調査が終わって、いよいよ直轄工事にかかるわけですが、これはくしくもこの2つの国道が入広瀬村を通ってこれをつなげば、この橋をかけるぐらいの努力をすれば、これはつながる。これは間違いありません。
それだけではなく、もう新潟には東北横断高速自動車道の建設事務所ができているわけですから、もう新潟から津川まで44km津川から会津坂下まで33kmの77kmが、さあいよいよ工事ということになっているわけです。
あとはもう郡山から猪苗代まで。

54兆円の赤字を…、50年からたった10年間で54兆円の赤字国債を出した。これからまだ65年までの間に20兆円くらい出ますよ。それはいっきょにはやめられないから。今言ったこと全部それに掛けてね。
だから今度はもうその年度予算という細切れに、200億もかけておるものを、これからまだ2年、3年に分けるなんて冗談じゃありませんよと言って。
それはそうでしょう。
ダムと水道と橋梁だけは、一挙にかけろ。
このくらいのことは大蔵省もまあ理屈を分かっとるわけですからね。
大蔵省もそれはいいことでございましょうと、なんて言って…。










