100年前の関東大震災で当時の子どもたちが津波の体験談をまとめた作文集が静岡県伊東市の小学校にあります。震災の経験を次の世代に語り継ごうと、この作文集を使った防災授業がありました。
<授業開始のあいさつ>
「これから3時間目の授業を始めます。よろしくお願いします」
伊東市立宇佐美小学校です。町内会などの防災活動に長年取り組んできた熱海市の男性が防災授業の講師を務めました。
<講師 中田剛充さん>
「100年前、ちょうど100年前に起きた大きな地震で津波も起きました」
今から100年前、1923年に起きた関東大震災。東京で起きた火災のイメージが強い震災ですが、伊豆半島には大津波が押し寄せ、熱海と伊東で合わせて約200人が命を落としました。ただ、小学校のある伊東市宇佐美地区では、1人の死者も出ていません。
<講師 中田剛充さん>
「宇佐美に地震がなかったわけではありません。津波が押し寄せなかったわけではありません。一体どうしてなんでしょう。どうして宇佐美村だけ犠牲者が出なかったんでしょう。その謎を解くのが宇佐美小学校の作文集です」
<岩崎大輔記者>
「今回授業で使ったのは100年前の子どもたちが残した作文集です。小学校で代々受け継がれてきました」
関東大震災を体験した700人あまりの子どもたちが津波から必死に逃げ、命を守った様子などをつづったものです。伊豆の東海岸には地震発生からわずか5分で津波が襲い、津波の高さは10mを超えた所もありました。
<作文集の朗読>
「物すごいうなり声がしたので立ち上がっていると、夢にも知らぬ大地震であった。津波だ、津波だ、とさけぶので、ヤブから飛び出して阿原田(地区)の方へ逃げようとすると、お友達が来たので一所になって逃げた」
授業で読んだのは当時の6年生の作文です。相模湾に面した八幡地区から山に近い阿原田地区へ避難した様子が書かれていました。当時の子どもたちはなぜ阿原田地区へ逃げたのか。子どもたちが考えて発表しました。
<児童の発表>
「八幡より阿原田の方が海から遠いからだと思います」
「阿原田の方が八幡より高い地形だから」
「阿原田の方が坂があるから津波が来ても大丈夫だから」
<講師 中田剛充さん>
「正解です。大正解です。海から遠く、海から遠いだけではありません。坂を上っていくから高い所。この子どもたちは、そういう風にして阿原田へ逃げました」
宇佐美小学校では100年前の子どもたちと同じように地震が起きたら高台へ避難するように教え、訓練を実施しています。「次の大きな地震でも津波の死者を出さない」それが目標です。
<講師 中田剛充さん>
「次の人、家族の人、大きくなったらあなた方の子どもさんたち、伝えることが大切です。100年前の作文集をあなたたちはここでまた100年先に伝えるように、そういう風にお願いしたいですね」
<児童>
「海から遠く、さらに高く避難することに生かしたい」
「自分の命を大切にして、ほかの人の命を守っていきたい」
「今回の勉強を生かして避難ができたら」
<講師 中田剛充さん>
「地域の人、家族、学校の友だちという風に広げていく。まず自分が生きるにはどうしたらいいのか考えて、いざという時には、それを実行してもらうということだと思う」
津波からの避難で大切なことは、まず自分が率先して命を守ること、そして避難の際は周りに声をかけて他の人の行動を促すことだといいます。100年前の文集に書かれていた子どもたちの行動がまさに、このことでした。
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