1399人が犠牲となった仙台空襲から7月10日で81年です。
仙台市内では、第二次世界大戦で犠牲となった人を追悼する慰霊祭が開かれ、参列者は平和への誓いを新たにしていました。

仙台市青葉区で開かれた戦没者の合同慰霊祭には、遺族会の代表ら7人が出席し献花台に花を手向けました。1945年7月10日未明の仙台空襲では、1399人が犠牲となりました。
仙台市遺族会の吉田善克会長は当時3歳で、仙台空襲の様子を目の当たりにしました。

仙台市遺族会・吉田 善克・会長:
「仙台空襲で焼けたとたん、西の空が真っ赤になったときに、おばちゃんたちがオロオロ泣き出した。戦争はダメです。どんなことがあってもダメです」

10日は仙台空襲体験記の朗読会も行われました。
朗読内容の一部:
「仙台の街々は焼夷弾が投下され、延々と燃えるまちを見て、こわかった」

訪れた人たちは、平和への誓いを新たにしていました。
会場のエル・パーク仙台では、7月12日まで仙台空襲の被害の様子を伝えるパネルが展示されます。















