1,300人以上が犠牲となった高松空襲から、あす(4日)で81年です。香川県高松市で慰霊祭が行われました。

慰霊祭は、空襲の犠牲者が最も多かった高松市中野町に建てられた六角堂で行われました。遺族や市の関係者など約50人が出席し、祭壇に花を手向けました。
10歳の時に空襲にあい、父親を亡くした女性も静かに手をあわせていました。

(空襲で父親を亡くした女性(91))
「(私たちは)早く逃げたんですけれども、父が(家に)残っていて遺体も何もないです。(高松城の)桜の馬場のところも焼けただれたような人などがいました」
1945年7月4日未明、高松市は米軍による攻撃で市街地の8割が焼け、1,359人の尊い命が奪われました。

空襲で投下された焼夷弾の、頭部のおもりです。重さは約35キロもあります。戦争の悲惨さを伝える、高松市平和記念館です。高松空襲にまつわる企画展が今月6日まで開かれていて、体験者が描いた絵画や空襲後の市街地を撮影した写真など、約30点が展示されています。
焼けた自転車の写真です。約1,000度の高熱で焼かれ、タイヤは溶けて無くなっています。

(高松市平和記念館 大西克和さん)
「世界に目を向けましたら、今も戦争している国もあります。今の平和の時代があたり前ではない。高松空襲当時の状況について知っていただきたいなと」
あすは空襲体験者との交流会なども予定されているほか、戦災の遺構を訪ねる市民団体のイベントも開かれます。














