野球殿堂博物館は13日、「2023年野球殿堂入り通知式」を開催し、競技者表彰委員会・プレーヤー表彰からヤクルト、巨人、DeNAで活躍したアレックス・ラミレス氏、エキスパート表彰から阪神で活躍したランディ・バース氏、特別表彰委員会から「大阪タイガースの歌」(通称:六甲おろし)などを作曲した古関裕而氏が殿堂入りしたと発表した。これで野球殿堂入りは215人となった。
プレーヤー表彰は現役を引退したプロ野球選手で引退後5年以上経過した人が対象。その後15年間が選考対象となる。ラミレス氏は首位打者1回(2009年)、最多安打3回(2003、2007、2009)、本塁打王2回(2003、2010)。2019年に候補になって以来、5回目での殿堂入りとなった。
エキスパート表彰の対象者は「①現役を引退したプロ野球のコーチ、監督で、引退後6ヶ月以上経過している人」「②現役を引退したプロ野球選手で、 引退後 21年以上経過した人」。1983年~1988年に阪神に在籍したバース氏は、2年連続で三冠王を獲得するなど(1985、1986)活躍した。2013年に候補入りし、今回11回目で殿堂入りを果たした。
作曲家の古関氏は1936年に「大阪タイガースの歌」(通称:六甲おろし)を作曲。1948年に「栄冠は君に輝く」、1963年には「巨人軍の歌~闘魂込めて~」など今も歌い継がれる応援曲を作曲し、音楽を通して日本のプロ野球を盛り上げた。
【通知式に出席したラミレス氏のコメント】
まず最初に神様に、この素晴らしい名誉を受け取れたことを感謝しています。そしてベネズエラの母親、父親に感謝したいと思います。彼らは私に「尊重」という言葉を教えてくれました。そして妻、子どもたちにも感謝したいと思います。いつも私を支えてくれました。そして私に投票していただいた記者、委員の人にも感謝を申し上げたいと思います。
この殿堂入りというのは私、家族にとって本当に素晴らしいものです。そしてこの殿堂入りに関わるすべての方に感謝を申し上げたいと思います。
日本に来るチャンスをくれたヤクルトスワローズの方にも感謝をさせていただきたいと思います。このキャリアをスタートさせることができたのもヤクルトスワローズのおかげだと思っております。そして4年間プレーさせていただいた読売ジャイアンツにも素晴らしいプレーをする機会をあたえてくれて感謝を申し上げたいと思います。横浜DeNAベイスターズは選手としてプレーさせていただき、さらに5年間、監督としても機会を与えてくれました。本当に感謝しております。有り難うございます。
私に関わったすべてのファンの方にも感謝を申し上げたい。私の来日初日から本当に大きな支援をしていただいてここまで来ることができました。本当に感謝をしております。
この殿堂入りは日本だけでなく私の生まれ故郷、ベネズエラにとっても非常に大きな意味を持つと思います。殿堂という事で言いますと、私がベネズエラでは2人目になりまして、このような素晴らしい殿堂入りをできて嬉しく思います。
今私は日本国籍を取得して日本人ですが、来日初日から日本の方々には大きな支援をいただいて、きょうここまで来ることができました。
私の家族にとっても、日本人である私にとっても、大きな支えになりここまでくることができました。子どもたちにとっても殿堂入りは大きなことだと思います。殿堂入りしたこの日を子どもたちはずっと覚えていると思います。
そして父親はこういった人間だった、野球選手だったということを私の子ども達は一生覚えていてくれますし、名前が一生残り続けるということは、非常に光栄で名誉なことだと思います。
最後になりますけれども、私をずっと支えてくれて信じてくれて、殿堂入りを投票していただいた方々、今まで支援していただいた方々に感謝を申し上げたいと思います。
アレックス・ラミレス、ラミちゃんという名前が一生歴史に残ることは本当に光栄なことで嬉しく思います。本当に有り難うございました。
【バース氏コメント】
日本の野球殿堂に選ばれてとても名誉を感じています。
野球ファンの皆さまありがとうございます。阪神タイガースでプレーできたことに感謝しています。 阪神タイガースは日本一のチームだと思っています。 そしてファンも日本一です。
私をスカウトしてくれた安藤統男監督と本多達也通訳にも感謝しています。 彼らは私のプレーを見るために3Aデンバーなどアメリカ各地に来てくれました。 安藤さんは私にとって日本での最初の監督で、常に近くで支えてくれました。 私が今この場にいるのは安藤さんと本多通訳のおかげです。
タイガースは素晴らしいチームでした。掛布雅之、岡田彰布、真弓明信とホームランバッターが揃っていました。タイガースでプレーするのは楽しかったし、チーム全員との関係も良好でした。とくに掛布、岡田、真弓とは多くの時間を一緒に過ごしました。もちろん川藤幸三も。 阪神タイガースでの経験は素晴らしかった。とても楽しかったです。
安藤監督の退団後、吉田義男さんが監督に就任しました。彼の采配はいつも的確でした。状況に応じた代打起用、投手陣の起用法も素晴らしかった。1試合平均のチーム得点は7点に達していた。そんな中、投手陣を見事に整備しました。1985 年我々を日本一へ導いた偉大な監督、とても尊敬しています。
どうもありがとうございます。
とても感謝しています。














