大相撲で初土俵からの通算連続出場記録の歴代1位を持ち、「鉄人」と称される玉鷲(41)が西前頭13枚目だった5月の夏場所(東京・国技館)で2勝13敗と大きく負け越した。7月の名古屋場所(IGアリーナ)では、13年ぶりに十両に番付を下げることが確実視されている。それでも、「不屈の闘志」を持つ41歳の勝負魂は衰えない。「見る人の心を揺さぶる相撲を」と、幕内返り咲きを狙って新たな情熱を燃やしている。
苦しい夏場所の15日間を終えた玉鷲は、千秋楽の支度部屋で「何年ぶりですかね、十両は」と報道陣に逆質問した。13年ぶりと聞かされると、「腐らないように。そういう気持ちでやるだけ。とにかく、『(よっ)しゃー』という感じですかね。いろいろありすぎ。これからまた自分を立て直していきます」と、自らを奮い立たせるように話した。
2008年秋場所の新入幕から、記念となる幕内100場所目だった。この記録が3桁の大台に達成しているのは歴代でわずか3人。上には107場所の元大関魁皇と103場所の元横綱白鵬しかいない。13年名古屋場所からは、連続で幕内を死守してきた。この間、優勝2回。三賞は殊勲賞3回、敢闘賞1回、技能賞1回。金星は8個獲得している。「それ(幕内在位100場所)は気にしない。まあ、目の前の相撲に集中して」と初日には語っていたが、その日から9連敗した。
痛めている右足はひざ下のふくらはぎから足首までテーピングで固めている。場所中は「足は大丈夫」と言い続けたが、明らかに踏ん張れない。力強い押しが影を潜めた。連敗中も「気持ちは全然落ちないよ。(こんなことで)落ち込んだら40歳までは相撲が取れないからね」と努めて明るく振舞った。10、11日目に連勝して幕内勝利が714勝となり、元横綱の稀勢の里に並ぶ歴代7位になった時は、「うれしい。毎日、きっかけを探している。きょうの白星は本当に気持ちいい」と話した。
さらにこの日は「自分のどこが怖いかを探している」と言い、「それは心の中の怖さか」との問いかけには、「そうっすね。多分、足のことを引きずっていた。足はとっくに治っているのに、言い訳にしていた。(だから、)そこじゃあないだろうと……。言いやすくなる言い訳を言わないようにしないと」と勝負哲学を語った。
入門前は相撲どころか、スポーツ自体あまり経験していなかった。ホテルマンを目指して、東大大学院に留学していた姉を頼って来日したことで、角界入りすることになった。他のモンゴル勢は柔道やレスリング、モンゴル相撲経験者がほとんどで、四つに組む取り口だ。だが、角界で一から相撲を学んだ玉鷲は基本である押しに徹した。四つ相撲以上に馬力が落ちると結果に反映するスタイルを貫いてきた。稽古も若いころから大きく変えることはない。だから189㎝、179㎏の体は、今でも筋肉が落ちず、張りがある。
土俵では毎場所、新しい記録の更新を重ねている。現在、現役では通算出場(1793回)、通算勝利(897勝)、幕内出場(1497回)、幕内勝利が全て1位。歴代3位の幕内連続出場は1152回でストップする見込みだが、新弟子時代から22年間、けがや体調不良等による休場が1度もない1793回の通算連続出場は継続中だ。
この歴代10傑をみると、6位の序二段芳東(1419回=49歳)、10位の十両錦木(1358回=35歳)の2人の現役力士がいるが、他の力士も含めて今後もそう簡単には破られそうにな
い。
この通算連続出場記録は、あらゆる分野の「世界一」を集めている「ギネスブック」にも掲載された。1月に国技館で、今年の初場所終了時点での1763回と入った公式認定書が送られる贈呈式があった。式典には、母国から両親と角界入りのきっかけを作った姉を呼び寄せ、妻も合わせて5人で参加した。本人は「頑張ってきてよかった。この賞はお父さんとお母さんがもらったもの」と、不惑を過ぎても衰えぬ体をもらった両親に感謝していた。
昔から取材嫌いの力士はいたが、今は勝てばよいが、敗れると、取材を拒否する者も少なくない。だが、玉鷲は勝っても、負けても、必ずと言ってよいほど応じてくれる。「今は、負けても相撲を取ること自体が楽しい」「暑いのも寒いのも、どちらが好きとか、嫌いとか意識しない。その時の状況に合わせて。好き嫌いを作ったらやっていけない」。いつも笑顔を作る。
去年の春場所で3日目に伯桜鵬(現伯乃富士)、4日目には尊富士という期待の若手を連破した時のコメントが印象的だった。「若手の壁になっていますね」の問いに、「自分のやることをやっています。考えるより、体が勝手に動いた。たくさん応援をいただいているので、そのお陰かもしれない。(こんな年寄りが勝って)『えーっ』というお客さんもいたけど、心を動かせたんだと思う。毎日、感動する相撲を届けたい。お客さんが楽しめるようにね。きょうは疲れたけどね」と笑った。
若手へのエールをお願いすると、こうも言った。「もっと強くなって欲しい。やっぱり元気があるんだから。力をつけていって欲しいです。力士たちを引っ張って行って欲しい。悔しい気持ちは大事ですからね」。それは一般社会でも通じる昭和世代から令和を生きる若者たちへの叱咤激励にも聞こえた。
幕内を長く務めると、十両転落を機に引退を決断する例も過去にたくさんあった。だが、玉鷲にはその先例は当てはまらないようだ。37歳8か月の初優勝での歴代最年長記録保持者で同じ40代まで幕内を務めた大島親方(元関脇旭天鵬)に、玉鷲について聞いた。「年齢が年齢だからね。そういうこと(夏場所の不成績)もあるんじゃあないの。俺も初日から13連敗とかあったけど、ケロっとしてた。そう思っていれば、大丈夫」と太鼓判を押してくれた。
「力と力の勝負をしたい」という鉄人は次の名古屋場所を見据えて、また稽古に励んでいる。その歩みは、まだ止まらない。
(竹園隆浩/スポーツライター)














