”日高町に特産品を”ぶどう栽培の原点とは・・・
町の職員として、スキー場で定年まで勤める。その後も、79歳まで働き続けた。
ただ、長年、果たせずにいた思いがあった。
馬場幸一さん(91)
「(スキー客から)『日高に来てもなんもお土産ないね』って話からね。それで何かを作りたいなと」
日高町に“特産品を…”。42歳で抱いた思いが原点に―。
83歳の時、特産のジュースを造ろうと、ぶどう栽培を始めたのだが。
馬場幸一さん(91)
「『量がたくさんなきゃダメですよ』とか『うちは町営だからさ、町外の人は無理です』とか。簡単だと思ったら何とも大変。『あんた、そのジュースを作るんだったらワインにしなさい』って。88歳の時。それで“88”。最初のワイン」
2年目は肺炎を患って休んだが、3年目の2025年できたのが、こちら『デフィ90アンス』。
90歳で育てたブドウは、418本の赤ワインとなり、ふるさと納税の返礼品にも選ばれた。














