戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。終戦直後の混乱の中、中国に取り残された日本の子どもたちがいました。中国と、日本。二つの祖国を持つ彼らが今、伝えたいこととは。
「来ることができて、とてもうれしいです」
宇都宮孝良さん(82)。中国で育ったいわゆる「残留孤児」です。
1932年、日本は現在の中国東北部に「満州国」という傀儡国家を作りました。広い農地を求めて多くの日本人が移り住みましたが、敗戦の混乱の中、多くの子どもが中国人に引き取られる形で中国に残されたのです。彼らは「残留孤児」と呼ばれ、日本政府が認定しているだけでも2818人にのぼります。
宇都宮さんもまた、中国人夫婦に引き取られた一人です。母親が病気になり、育てることができなくなってしまったからです。
宇都宮孝良さん
「母親は板のベッドに横たわり、起き上がることができませんでした。私に手を振って『行きなさい』と合図したのを覚えています。とても鮮明に『行きなさい』と」
それが、母との別れでした。
覚えている、たった一つの日本語。それは。
宇都宮孝良さん
「あの頃は毎日『おかあちゃん』『おかあちゃん』と呼んでいました」
養父母は決して裕福ではありませんでしたが、宇都宮さんを大事に育ててくれました。
宇都宮孝良さん
「養父母は子どもがいなかったため、私を実の息子のように扱ってくれました。おいしいものはいつも私に先に食べさせてくれました」
1981年、宇都宮さんは両親を探すため来日。両親は亡くなっていましたが、親戚が見つかり、本当の名前が「宇都宮孝良」であることもわかりました。
「お母さんは、わざとあなたを捨てたわけじゃないの」
今回、宇都宮さんは残留孤児の仲間とともに自分たちを育ててくれた中国への感謝の気持ちを伝える交流会に参加。両親と離れ離れになった経緯を描いた劇や歌を披露しました。
劇を見た大学生
「日本人は全員帰国したと思っていたので、残留孤児について知った時は衝撃を受けました」
宇都宮孝良さん
「私たち残留孤児には二つの家があります。ひとつは中国、ひとつは日本です。中国の人たちが私たちに示してくれた恩恵は本当に忘れられません。私たちは、日本と中国の懸け橋となり、絆となるべき存在だと思います」
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