死者30人、負傷者102人を出した伊豆半島沖地震から、2025年5月9日で51年です。多くの犠牲者が出た静岡県南伊豆町では9日朝、関係者が献花を行いました。
伊豆半島沖地震の慰霊碑がある南伊豆町の中木記念公園では、遺族など約50人が集まり、地震が発生した午前8時33分に黙とうを捧げました。
伊豆半島沖地震は1974年5月9日、石廊崎沖を震源に発生し、南伊豆町内で30人が亡くなりました。特に中木地区では、住宅の裏山が崩れ、27人が犠牲になりました。
これまで、地元の自治会が毎年5月9日に慰霊祭を行ってきましたが、半世紀の節目に当たる2024年で終了し、2025年は献花などの簡素な内容で、慰霊の機会を設けました。
<地震で父親と長男を亡くした萩原作之さん>
「このまま、こういうことがあったということで風化させてはいけないなと。いかに後世に伝えることによって、災害の縮小に努めたい、このように考えます」
慰霊に訪れた人たちは、この地震を語り継ぐ思いを新たにしていました。
注目の記事
自分の名前も住所も思い出せない…身元不明の男女は“夫婦”か 2人とも“記憶喪失”状態 愛知・岡崎市が情報提供呼びかけ 「生まれは西三河」「長く関東で生活」と話す

クマ出没の画像、本当?嘘?見破れますか?フェイクニュースは“10年で100万倍増”騙されないコツを専門家に聞いた【AI×SNS 防災アップデート】

「本当は命を失う場所ではなかった」津波にのまれた指定避難所…震災を知らない大学生が被災地で辿る“後悔と教訓”の15年

【「公立いじめ」との声も】授業料無償化先駆けた大阪のいま…公立高校の約4割が定員割れ『私立有利・公立不利』の状況は“負のスパイラル”生む懸念【教育アドバイザー・清水章弘さん解説】

「私たち家族の楽しい思い出はすべて消え、苦しみや悲しみに変わった」娘を事故で失った小学校の元校長が訴える“命の尊さ” 修学旅行の引率中に「美果が交通事故で死んだ」と連絡が【第1話】

家族が死刑囚になったーー「殺人鬼の家族と呼ばれようとも」 残された両親と弟、過酷な現実の中で今も生き続ける









