「感じてください昭和の炭鉱」
長崎県内にかつて高島炭鉱という炭鉱が存在していました。ドラマ等でも注目された端島炭鉱と同じ三菱系の炭鉱です。
いまから44年前に撮影された写真には、昭和の炭鉱の様子が納められています。高島は端島・軍艦島のおよそ3キロ北にある島で、高島炭鉱は1986年に閉山するまで日本の炭鉱産業の一角を担った施設でもありました。
端島と同じ三菱系の炭鉱で島の大きさは違いましたが、端島と似た風景が広がっていました。
活気ある炭鉱の島
最盛期には18000人が住んでいて炭鉱住宅の風景もなんとなく端島に似ていました。
桟橋でも食料品を運び込む行商の人でにぎわう風景が見られたといいます。

炭鉱夫たちの待機場所 繰りこみ場
炭鉱の繰りこみ場と呼ばれる炭鉱夫の人たちの待機所がありました。そこの風景は炭鉱の仕事の厳しさをうかがわせるものでした。

中にはロッカーやキャップランプとバッテリーの充電設備があったほか作業割り当ての木札も並べられていました。
木札にはそれぞれに名前が書いてあり炭鉱に入るときと出る時に名札をひっくり返すシステムで勤労管理を行っていました。炭鉱は24時間稼働していたのでそれを3交代で担い、それぞれは1番方、2番方、3番方と呼ばれていました。
入坑前の緊張感と作業後の開放感
繰りこみ場では地下深くの採炭場へと向かう人たちが集合し作業に入るまでの時間を過ごしますがそこには独特の緊張感が漂っていたようです。
一方作業を終えて地下から上がってきた人たちは顔や作業服が炭で汚れていますが、その表情からは達成感と安堵感が感じられたといいます。

炭鉱の作業というのは危険も伴い大変な仕事でした。














