「捜査資料の廃棄」を促す文書データを消去
また、押収したパソコンからデータを消した、というのも凄い話ですよね。ハンター側から県警への「苦情申し出書」によると、パソコンを返す際、保存していた「刑事企画課だより」という文書データを、中願寺代表が拒んだにもかかわらず捜査員が消去したといいます。「内部文書ですから」と言ったそうですが、この文書の中身こそが2番目の問題。「捜査資料の廃棄」を促す内容なんです。
去年10月2日付の「刑事企画課だより」で、ハンターが11月に、実物の写真と共に報じました。「捜査資料の管理について」と題し、「最近の再審請求等において、裁判所から警察に対する関係書類の提出命令により、送致していなかった書類等が露呈する事例が発生」などと説明し、「再審や国賠請求等において、廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません!」と、びっくりマーク付きで強調し、「未送致書類であっても、不要な書類は適宜廃棄」するよう呼びかける内容でした。まるで再審請求つぶし、いや冤罪の助長にすら取れます。
日本の刑事司法で冤罪を生む土壌の一つは、「証拠の非開示」=捜査段階で警察が収集した証拠を、必ずしもすべて裁判で出すわけではない=ということです。この「隠された証拠」が見つかって再審になった例は複数あり、例えば39年前、熊本県の旧松橋町で男性が刺殺された「松橋事件」では、元受刑者の男性が「燃やした」と自白したはずのシャツ片を検察が持っていたことが分かり、再審開始とその後の無罪につながりました。
また40年前、滋賀県日野町で起きた強盗殺人事件は、第2次再審請求で初めて開示された証拠の中に、自白の信用性に強い疑いを生じさせる写真のネガがあり、地裁と高裁で再審開始の決定が出ました(検察側が最高裁に特別抗告)。どちらも最初からすべての証拠が裁判所に出ていれば、無罪の可能性が高かった事件です。
そんな証拠保全の重要性を「組織的にプラスになることはない!」と断じて廃棄を促す文書が明るみに出て、おそらくは警察庁からも報告を求められたのでしょう、県警は表現を一部書き換えて出し直さざるを得なくなりました。今回、家宅捜索の後で捜査員が消したとされるのは、元の文書の画像のようですが、既に世間に流布され、国家公安委員長も記者会見で存在を認めたものを消してどうなるのか。捜査員に消す権限はないはずで、腹いせとも取れますし、ある意味、県警の隠蔽体質を露呈したともいえる行為です。
えん罪・不祥事が続く鹿児島県警
最後に三つ目の問題点は、そもそも鹿児島県警の不祥事の多さです。過去20年で見ると、えん罪事件が2件。うち1件は有名な「志布志事件」で、2003年の県議会議員選挙で当選した無所属議員の陣営が住民に焼酎や現金を配ったとして、公職選挙法違反容疑で議員本人ら12人を逮捕しましたが、違法な取り調べで自白を強要されたとして全員に無罪判決が出ました。もう1件は2012年、鹿児島市の繁華街で女性に性的暴行をしたとして逮捕した男性に、2審の高裁判決で逆転無罪が言い渡され確定しています。
また、公表されなかった不祥事が少なくとも4件。例えば2020年に警察官3人が捜査書類を偽造したとして書類送検され、処分されましたが、共同通信が報じるまで公表せず、去年10月に南日本新聞が報じ、本田・元警視正も隠蔽を訴えた警察官によるストーカー事件は、県議会で質問されても処分内容すら明らかにしませんでした。
近年は警察官による性犯罪が多発し、本田・元警視正が告発し5月に枕崎署員が逮捕されたトイレ盗撮事件を含め、2020年以降だけで計5件。この中には女子中学生の児童買春や、13歳未満の女児への強制性交も含まれます。
本田・元警視正が意見陳述で指摘したように、不祥事の多発が隠蔽を生むのか、それとも自浄作用が働かない隠蔽体質が不祥事を生むのか、私にはわかりません。
また今回、本田・元警視正が「あった」と訴え、野川本部長は「一切ない」という捜査隠蔽の真相はどうなのか。警察庁は県警による捜査や調査の結果を踏まえ、県警への監察を実施する方針ですが、果たして“身内”の調査がどこまで踏み込めるのか――。むしろ本田・元警視正が起訴されて裁判になった場合、弁護側は「公益通報」を主張するでしょうから、この法廷での争いのほうが、県警の「闇」に迫る気がします。
もちろん、実直で温かい警察官も多数いることは、ここで育ち、記者としても勤務した一人として知っていますが、組織に問題があることはもはや否めないでしょう。これを機に、抜本的な立て直しが求められていますし、それは150万県民に対する責務だと思います。日本の警察の創設者にして、「日本警察の父」とも言われる川路利良大警視は、薩摩藩士でした。先人に恥じない組織の再生を、鹿児島県出身者の一人として、私も願っています。
◎潟永秀一郎(がたなが・しゅういちろう)

1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。