特集は、終戦77年です。函館市出身の画家、石川慎三さんは、自らが経験したシベリア抑留を絵画として残しました。

この絵をモチーフにした朗読音楽会が8月、北海道で行われました。曲を手掛けた宮城県美里町の音楽家の男性が演奏に込めた思いとは何だったのでしょうか。
8月6日、北海道で開かれた朗読音楽会。2015年に96歳で亡くなった函館市出身の画家、石川慎三さんが残した絵画11点をモチーフにした曲が披露されました。


美里町の作曲家 佐藤三昭さん(54):
「戦争というのはだれも勝者がいないことなので、どうすれば防げるのか、人はどういうふうに生きていけばいいのか、ということを考える会にしたい」
この音楽会を企画・演出した美里町の邦楽作曲家、佐藤三昭さん(54)は、石川さんの絵画や短歌から着想を得て5曲を書きあげました。

佐藤三昭さん:
「突き動かされるように、曲を書かなければという思いになった」
石川さんの絵画の存在を知り「彼の思いを後世に伝えなければ」と強い使命感を感じたと言います。それは、佐藤さんの大おじもシベリア抑留者だったことが関係していました。
佐藤三昭さん:
「私の大おじがシベリア抑留を経験しているんですけども、それまでも抑留の話は一切されなかったのでこちらから聞くことも当然なかった。なんとなく心に蓋をしたまま戦争とか抑留と言うことに目を伏せていた気がする」


第二次世界大戦の終戦後、旧満州などにいた日本人が旧ソ連によって連行され強制的に労働を強いられたシベリア抑留。

画家の石川慎三さんも捕虜となり、1949年12月に帰国するまでの4年あまり、極寒の地で抑留生活を送りました。

佐藤三昭さん:
「こういうことが本当に行われていたのかという驚きですよね。恐怖というか人が人として扱われなくなるのが戦争だと思う」
帰国後故郷、函館の自宅で絵画教室を開いていた石川さんが、晩年に取り組んだのはシベリアでの記憶を絵に残すことでした。

朗読音楽会の会場には、石川さんの作品も展示されました。

遺体を載せたそりを引き、雪原を歩く男たちを描いた「葬送」。
息絶えた仲間を凍てつくシベリアの地に埋葬する「凍土埋葬」。


佐藤三昭さん:
「悲惨な状況の絵ですけど、ただ悲しいとか悲惨だとかだけでない『愛』を感じました。そういったところは曲作りに生かした」

石川さんの妻、和加子さん(95)の姿もありました。

朗読音楽会がはじまりました。
石川さんの絵がスクリーンに映し出される中、太鼓と笛などの厳かな演奏に合わせ
佐藤さんが詩を朗読します。
絵は、遺体を載せたそりを男たちが引く情景を描いた「葬送」。
佐藤さんが読み上げるのは石川さんが作った短歌です。
佐藤三昭さんの朗読:
「見はるかすシベリアの丘に日の沈むそのまた遥か故郷の山・・・」

観客:
「絵画と朗がと生々しく感じられて。涙が出るぐらい感動した」

石川さんの妻 和加子さん:
「慎三は幸せ者だ思う。こんなことしていただけるなんて、本人も思いもしなかったでしょうし、良かったねと声かけたい」

佐藤三昭さん:
「戦争というものは起こさないようにすることが一番大事で、不戦への思いというのを慎三さんから受け取って伝えていかなければと思っているので、できれば継続してお伝えしていきたい」

不戦への祈りと望みを絵に託した画家、石川慎三。その思いは、音楽に乗って次の世代へと受け継がれていきます。