日本の核家族化が進み、地域とのつながりが薄れつつある昨今。出産や育児をきっかけに「孤立」を深めてしまう親は少なくない。いわゆる「孤育て」や「ワンオペ育児」といったキーワードが社会問題となる中、行政による子育て支援も広がりを見せている。

しかしその一方で、既存の窓口や制度だけでは拾いきれない不安を抱え、社会から取り残されてしまう家庭が今なお存在するのも現実だ。

こうした親たちの孤立を防ごうと、当事者の視点から生まれた草の根の取り組みが注目を集めている。

福岡県春日市を拠点とする一般社団法人よりそいまちは、孤独を感じていた一人の母親が作った小さな交流の場から始まり、今や地域全体を支える大切なセーフティネットへと広がりを見せている。代表・豊田百恵さんが推し進める「居場所づくり」の現場と、それが地域にもたらした温かい変化を追った。

待っていても何も変わらない。だったら自分で居場所をつくろう

子どもが生まれると、生活のすべては育児を中心に回り始める。かつて当たり前だった職場や友人とのつながりは少しずつ遠ざかり、社会から孤立した家庭の中で深い孤独感を抱え込んでしまうケースは後を絶たない。

「よりそいまち」代表の豊田百恵さんも、そうした深い孤立感を抱えた一人だった。福岡市で会社員として働いていたが、結婚と出産を機に退職。見知らぬ土地で3人の子ども(4歳・2歳・0歳)を育てる日々が始まった。

「よりそいまち」代表・豊田百恵さん。子育て中に感じた孤独をきっかけに、2019年ママコミュニティ「つながるわ」を立ち上げた。

一般社団法人よりそいまち 代表理事 豊田百恵さん
「主人は『子どもが生まれたら専業主婦として家庭をしっかり守ってほしい』という考えが強く、私はひたすら家で子ども3人と一日を過ごす日々を送っていました。気づいたら、その日に大人と話した相手は夫だけ、なんて日も珍しくなかったんです。子どもはかわいいですが、だんだん自分1人だけが社会から取り残されているような気持ちになりました。『このまま私は子育てだけで終わるのかな。いや、働きたいって思ってもいいのかな』と、そんなことばかり考えていましたね」

家事の制約、慣れない育児に追われ、「大丈夫!私は幸せ」と自分に言い聞かせる日々。しかしやがて限界を迎え、現状を変えようと行政の子育て支援窓口へも足を運んだが、求めていた解決策を得ることはできなかった。「誰も助けてくれない。だったら自分で居場所をつくろう」と、豊田さんは自ら動き出すことを決意する。

2019年、福岡県春日市に引っ越してきたばかりの豊田さんには、地域に知り合いが一人もいなかったという。そこで、SNSを活用して「ママ会」の参加者を募ってみたものの反応はなく、スーパーや公園ですれ違うママ達に、「ママ会しています。インスタを見てください」と書いた手書きのメモを1枚ずつ手渡すことから始めた。

手探りで始めた活動の裏には、家族との葛藤もあった。夫からは「そんなことしてどうするの?」「もうやめなさい」と毎日のように言われ、簡単には理解してもらえない日々が約5年間ほど続いたという。

豊田百恵さん
「今では『よくそんなことやったな』と思いますが、その時は『ここでやめたら、家族に反対されているママは、何か始めることができないことになる。絶対に成功しないといけない』という気持ちの方が強かったんです。夫に対して絶望するのではなく、この活動を意味あるものにして、いつか理解してもらい、苦しい思いをしているママ達に希望を与えたい。だから午前中に夕食の準備を終わらせて、家事はおろそかにせず無我夢中で動き回っていました」

初回の参加者はゼロだったものの、諦めずに開いた2回目の開催では、なんと3人の母親が公民館へ足を運んでくれた。

豊田百恵さん
「もう本当にうれしくて、ケーキを4つ買ってみんなで食べました。後から聞いたら『怪しい人だったら帰ろうと思っていました』なんて言われましたけど(笑)。でも、その3人が来てくれたことで、私と同じように誰かと話したいと思っている人がいるんだと、初めて実感できたんです」

代表の豊田さん(最前列・中央)をはじめとするコミュニティのメンバーたち。

公民館で子どもを遊ばせながら日頃の悩みを打ち明けあう時間は、孤立を感じていた母親たちにとってかけがえのない居場所となった。この小さな集まりこそが、のちに地域全体へと広がっていくママコミュニティ「つながるわ」の原点だ。

「つながるわ ふくおか」について詳しくはこちら

「つながるわ」公式Instagram

親子イベントや交流会などへと活動の幅を広げるにつれ、参加者の輪は大きくなっていった。さらに、その様子をSNSで発信し始めると、子育て世帯のリアルな声に着目した企業からの問い合わせが入るようになる。

地域に確かなニーズを感じ取った豊田さんは、幼い赤ちゃんをおんぶしながら企業へ足を運び、「ママたちを集められます」「一緒にイベントをやりませんか」と手探りで営業を重ねていった。こうして1枚の手書きメモから始まった集まりは、企業や地域を巻き込み、年間50本を超えるイベントを企画・運営する組織へと成長を遂げていく。

親子向けイベントやマルシェでの「また会いたい」という体験。そんな小さな出会いの積み重ねが、地域に新たなコミュニティの輪を広げている。

「子育て支援」から「誰もが当たり前につながれる地域づくり」へ

不登校や防災、子育て支援などの情報を集約したフリーペーパー『もっと!』。必要な支援へ自然とつながるきっかけを、地域の子どもや家庭(4市)に届けている。

コミュニティ活動の幅がさらに大きく広がったきっかけは、自身の子どもが小学生になり、育成会や地域活動に関わるようになったことだった。見えてきたのは、不登校や発達の悩み、経済的な困難など、外からは見えにくい家庭の切実な悩みだった。

豊田百恵さん
「イベントを開けば、その日はみんな笑顔になります。でも、家に帰ったあとも続く悩みや生活の課題までは解決できません。こんなにも身近に困っている人がいるんだと驚くと同時に、もっと地域に根ざした活動が必要だと痛感したんです」

単発の交流イベントだけでは届かない課題に向き合うため、豊田さんは一般社団法人よりそいまちを設立。子ども食堂の運営や、不登校・防災などの情報を集約したフリーペーパー『もっと!』の発行など、「支援をする」というより「困ったときに自然につながれるきっかけづくり」を目指した多角的な取り組みへと舵を切った。

豊田百恵さん
「『子育て支援をしています』と言うより、『地域をつくっています』という感覚の方が近いかもしれません。子育て中のお母さんだけでなく、お父さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、困ったときに『ちょっと相談してみようかな』と思える人や場所が自然と身近にある地域にしたいんです。女性も『働く』『専業主婦になる』『子どもを持つ・持たない』、どんな選択も自分で決められ、それを周りが当たり前に応援できる社会であってほしいですね」

一般社団法人よりそいまちが運営する子ども食堂。「つながるわ」のメンバーや地域の保護者たちがボランティアとして調理や運営を支えている。
温かい食事の提供にとどまらず、孤立を防ぎ、地域で支え合いの輪を広げる大切な拠点となっている。

「よりそいまち」が取り組む子ども食堂は子どもが集える地域の居場所となり、フリーペーパー『もっと!』は必要な情報を届け、寄り添う大切なツールとなっている。単なる一方的な支援ではなく、日常の中で人と人が自然に関わり合える仕組みが、地域の中に着実に根づき始めている。

また、活動を反対し続けた夫も、今では大きな理解者になってくれたという。豊田さんがひたむきに活動を積み重ねていく中で少しずつ理解を示してくれるようになり、今では「頑張ってるね」と応援し、活動を支えてくれている。

豊田百恵さん
「いつか私たちの活動がなくても、地域の中で自然に人と人が支え合えるようになったら、それが一番うれしいですね。『孤独をなくしたい』という思いから始まった私たちのコミュニティは、ママたちのニーズに合わせて、少しずつ形を変えてきました。赤ちゃんを育てるママたちの居場所から、子どもの居場所へ。そして今は、『社会とつながりたい』『自分らしく何かを始めたい』というママたちの後押しをしています。ママたちの人生の変化に寄り添い、その時々に必要とされる場所や機会をつくっていくことが、これからの私たちの役割だと思っています。今では、まちづくりに関わる方々から『子育ての現状について聞かせてほしい』『活動について聞かせてほしい』と声をかけていただくようになりました。一人の専業主婦の小さな活動でも、動き続ければたくさんのつながりができ、やがてまちを動かす力になる。『あたたかい街になってほしい』からこそ、これからも私たちは、どんどん声をあげていきたいと思っています」

1枚の手書きメモから始まった挑戦は、現代社会が抱える「孤独・孤立」に対し、現場からの身近な答えを示している。公的な制度に頼るだけでなく、地域に生きる一人ひとりが自然に関わり合い、つながりを育んでいくこと――それこそが、私たちが目指すこれからの地域社会の姿なのかもしれない。