アイデアを持つ市民と、最新技術を持つ専門家がマッチングされ、ワンチームとなって100日間で「形あるもの」を作り上げる――。長崎県西海市が令和7年度に実施した「100DAYS 1SHOT(100デイズ・1ショット)」は、立場を超えて仲間となった彼らが、地域の課題に真っ向から挑んだプロジェクトだ。
人口減少が避けられない地方にあって、それでも社会が豊かに回っていくような仕組みを構築していくにはどうすればよいのか? 市民や事業者、そして、自治体が一体となって挑戦した「アクセラレーションプログラム(起業支援)」の可能性を追った。
「補助金だけでは生まれない」 行政が踏み出した本気の一歩
プロジェクト誕生のきっかけは、西海市が以前から進めていた「ゼロカーボンシティ」の関連イベントだった。地元企業や自治体の取り組みを広く発信できた手応えを感じつつも、関係者の間には「もう一歩先に進みたい」という思いが芽生えていた。市民や事業者のポテンシャルを引き出し、新しいサービスや商品を作ることはできないか。AI(人工知能)やデジタル技術の活用を軸に置いた「はじめの一歩」として、この「100DAYS 1SHOT」は生まれた。
西海市 企画部 新産業推進課 白濵大和さん
「ただ号令をかけて補助金を設定するだけでは、本当の意味で新しい事業は生まれません。そこで、デジタル事業やブランディングを手掛ける『西海クリエイティブカンパニー』と協議を重ね、市内のアイデアを市外の技術者が加速させる『アクセラレーションプログラム』を立ち上げました」
そのスタイルはとてもユニークなものだ。本プログラムでは、事業の種を持つ者を「チャレンジャー」、技術を持つサポート役を「セコンド」と呼び、両者が「チング(仲間)」という一つのチームを組む。プロジェクトの期間は100日限定。テレビ番組やYouTube、InstagramなどのSNSを駆使して進捗を公開するなど、内外に向けたエンタメ性も仕掛けた。チングたちはこの100 日でアイデアを磨き上げ、具体的かつ実効性のあるサービスを「1SHOT(一撃)」として世に放つのだ。
白濵大和さん
「『チング』は西海市の方言で仲間のこと。この呼び名のおかげか、予想を超える応募がありました。最初は漠然としたイメージしかなかった人もいて、全員完走できるかは未知数でしたが、大切にしたのは『こんなものがあったらいいな』という純粋な発想。それをセコンドが技術で支え、共に形にしていきました」
ゼロから形へ。「チング」たちが駆け抜けた熱き100日間
2025年12月9日、プロジェクトは幕を開けた。キックオフイベントでチャレンジャーたちが掲げた「挑戦テーマ」は、現場のリアルな困りごとばかりだ。受発注業務の自動化システム、外国人スタッフ向けのAI店舗管理、高齢者の孤独を解消する対話型AI。その内容は多岐にわたる。
この挑戦を支えるのは、シンプルで強い「約束」だ。立場を超えて「チング」になること。「いつか」ではなくこの100日間で形にすること。そして何より、自分たちが西海市の未来を面白がること――。
また、期間中はセコンドによる専門的な伴走に加え、定期的なセミナーやワークアウトを実施した。参加者たちは開発スキルを学ぶだけでなく、本番に向けた「模擬ピッチ」にも挑戦。メンターや仲間からのフィードバックを糧に、サービスの精度と実現性を高めていった。
活動の拠点となったのは、西海市内のカフェ「Hoget/ホゲット」に設けられた「100 日後に消える部室」だ。ここにはチングたちが集まり、議論や試作(プロトタイピング)を繰り返した。ときには、他のメンバーやプロジェクト外の人々も出入りし、立場を超えてつながる空間となったことで、意外な発想や打開策なども生まれたという。また、スピンオフ企画として全4回の特別セミナーも開催。最前線でAIを活用する経営者の生の声に、メンバーのみならず市内外の参加者が大きな刺激を受けた。
挑戦の終わりを告げる2026年3月19日。長崎スタジアムシティで行われた「ファイナルピッチ」には、7つの「1SHOT」が並んだ。
・メタバースマルシェ「TRIP MARKET」
・特殊詐欺防止AIアプリ「清(KIYOSHI)」
・福祉の未来を拓く「きろくん」と「ねるちゃん」
・みかんの皮を活用した「陳皮茶」
・飲食業界向けおもてなしDX「もてログ」
・刺繍業界受注管理AI「Shu Hey!」
・水産温度管理AI
メタバースマルシェ、特殊詐欺防止AIアプリ、陳皮茶ビジネスなど。100日前には存在しなかったものが、いま、目の前にある。
白濵大和さん
「皆さん『100日で本当にできた!』と、自らの成果に驚かれていました。どんなに小さくても、0が1になった差はとてつもなく大きい。今回の成果は、想像以上に大きなインパクトとなりました」
現場の困りごとが新たな「鉱脈」に
グランプリを受賞したのは、西海市の刺しゅう工場、有限会社山﨑マーク 代表取締役の山﨑秀平さんだ。山崎さんが開発したのは、刺しゅう工場の現場が抱える問題をAIによって解決する業界向けの受注管理AI「ShuHey!」。目指すのは「受注入力ゼロ」だ。
有限会社山﨑マーク 代表取締役 山﨑秀平さん
「私の会社は衣類などに刺しゅうをするニッチな業種で、製造過程において扱う情報が非常に多いのが特徴です。1枚のシャツに名前を入れるだけでも、漢字、字体、色、位置など細かい指定が必要になります。現在はメールやLINE(ライン)、ファクス、あるいは口頭で受けていますが、煩雑でミスも起こる。これをお客さまに直接入力してもらうシステムができれば、安定した受発注が実現すると考えました」
工場の従業員には地域の主婦が多く、必ずしもパソコン業務が得意な人ばかりではない。AIによって負担が軽減すれば、その分、繊細な加工や新しい商品開発など「人の手」が必要な仕事に集中できる。今回の山﨑さんの「挑戦」は、そんな刺しゅう工場ならではの課題の中から生まれたものだ。
山﨑秀平さん
「プロジェクトが始まったころは、セコンドの方に現場のことを理解してもらうのに時間がかかりましたが、100日間という縛りがあったからこそ、スピード感を持って取り組めました。不完全であっても形にできたことは、従来の勉強会とは大きく違う点でした」
現場への本格導入に向けては、さらなる検証や試用を重ねる必要がある。当初はシンプルなオーダーシステムを想定していたが、開発を進めるうちに、オプションや別商品を自動提案するアイデアも浮上した。一つの注文が何倍もの売り上げを呼ぶ「鉱脈」となる可能性を秘めている。山崎さんは、このシステムを製品化して業界全体へ普及させるだけでなく、ソフトウエア販売を自社の主力事業に育てることも視野に入れている。
これまで地方や小規模の工場にとって、自社専用のソフトを開発することは、予算の面で極めて困難だった。しかし、AIの進歩はそのハードルを確実に下げている。日常業務のちょっとした効率化であれば、自分たちの手で解決できる時代が来ているのだ。山﨑さんは今回のプロジェクトに刺激を受け、自らAIを活用して現場向けのアプリを試作してみたという。「あれもできるのでは?」と、一度ついた探究の火はいまも広がり続けている。
山﨑秀平さん
「これまでなら思いつきで終わっていたことも、AIの助けによって実現する可能性が飛躍的に高まっています。困りごとを種にして、新しいサービスが生まれるのはワクワクします。地方の事業者こそ、その力を学び、使えるようになるべきでしょう。『どうせできない』なんて思わずに、どんどん欲望を解放していけばいいのです」
地方や小規模事業者にこそ広がる可能性
2025年度のプロジェクトは終了したが、チングたちのつながりはいまも続き、新たな事業に発展しているケースもあるという。
白濵大和さん
「小さいながらも『できた!』という成功体験は貴重です。これが足がかりとなって次の一歩を踏み出し、その先へ走り続ける好循環が生まれれば、事業者にも地域にも大きな可能性をもたらします。将来的には、雇用の拡大や新規事業者の進出にも繋げたいですね。西海市では次年度以降も、地域課題の解決や新たな事業創出につながる取り組みを展開していきたいと考えております」
これまでハンデとされてきた「地方」や「小規模」という条件。AIの活用や専門家との適切なマッチングがあれば、それはむしろ独自の強みへと転換できる。西海市による「100DAYS 1SHOT」の試みは、さまざまな現場や地域の課題を解決し、新しい未来を切り開くための、たしかな風穴となったはずだ。