(写真:eatas株式会社が拠点を置くFukuoka Growth Next(FGN)は、福岡市の中心市街地にある築90年以上の歴史ある旧大名小学校の校舎を活用した官民共働型のスタートアップ支援施設。スタートアップ支援施設の先駆けとして、国内でも高い評価を得ている)
痩せたい、健康になりたい。その鍵の一つが「食」にあることは誰もが理解している。しかし、具体的にどう見直すべきかを知る人は少ない。いま、企業の「健康経営」やクリニックの「医療DX」において、専門知識に基づいた手軽で継続的な「栄養指導」が求められている。その解決策を提案する企業が福岡県で誕生した。個々の健康状態やライフスタイル、嗜好に合わせた、管理栄養士によるオンライン栄養指導コーチングを提供することで、「食のサポート」を社会のインフラとして定着させようという企業、eatas(イータス)株式会社(以下、同社)だ。
eatas株式会社 代表取締役CEO/管理栄養士 手嶋英津子さん
「痩せたい、体を変えたい、健康になりたいのに、偏った情報でかえって逆効果になっている人がたくさんいます。『痩せたけど老けた』『頑張ってダイエットしたのにリバウンドした』。こうした課題は、実は自分に合った正しい栄養の摂り方を知ることで解決できる。そのキーマンが管理栄養士です」
実は、手嶋さん自身が「管理栄養士」で、もともと大学で管理栄養士を育成する立場にあった。管理栄養士とは、国家資格(厚生労働大臣の認定)をもつ「食と栄養のスペシャリスト」のことだ。主に傷病者や高齢者など、特別な配慮が必要な対象者に栄養指導や栄養管理を行う。医療機関や介護施設、企業、スポーツ施設などが活動領域となる。
手嶋英津子さん
「管理栄養士は、病気の有無や年齢に関わらず、老若男女すべての人々の食をアドバイスできる専門性の高い仕事です。しかし、管理栄養士という仕事への認知が低く、活躍の場も限定的なのが実態です。そのため、社会に出ても別の仕事に転職する人が少なくありません。学生を送り出す立場として、『管理栄養士が自信をもって存分に活躍できる世界を作りたい』というのが、教育現場を離れてでも起業しようと決意したきっかけでした」
テクノロジーと知見を融合、管理栄養士の未来を開拓へ
急速に進む教育現場のICT(*1)も起業への追い風となった。管理栄養士の育成と並行して大学で研究を続けていた手嶋さんは、子どもの食育をテーマにした授業用アプリを開発。ICTでの食育の実践が高く評価され、教育界のリーダーを認定するApple Distinguished Educator(ADE)(*2)に選出される。その経験から、テクノロジーの活用が管理栄養士の可能性を広げると確信し、2021年に同社を設立した。
(*1)ICTとは、Information and Communication Technologyの略。「情報通信技術」と訳され、単なる情報処理に留まらず、パソコンやスマートフォンなどの情報通信機器を使い、メールやチャット・ネット検索などを通じたコミュニケーションを実現する技術全般を指す。
(*2)Appleが1995年に創設したプログラム。Appleのテクノロジーを活用して教育現場の変革に取り組む教育界のリーダーを認定。ADEの認定リーダーは教育イノベーターとして世界中で活躍している。
手嶋英津子さん
「ADE受賞は私にとってターニングポイントになりました。栄養監修や講演の機会が急増し、多くの方との出会いを通じて、テクノロジーを活用すれば管理栄養士の未来を開くチャンスにつながるという確信を得ました。そこで2020年春に大学を辞め、テクノロジーの基礎を学ぶため、ジーズアカデミー(*3)福岡校へ入校。そこで創業メンバーと出会い、ビジネススキームを磨き上げたのです」
(*3)日本トップクラスのエンジニアと起業家の養成機関。プログラミングスキルのみならずビジネス開発やDX推進を担える人材育成にも力を入れている。現在の名称は「G's(ジーズ)」。
こうして、手嶋さんは2021年3月、eatas株式会社を設立。「楽しく美味しく食べることで健康になる」世界の実現をめざし、テクノロジーと管理栄養士を融合したパーソナル栄養指導プラットフォーム『eat+(イ―タス)』を通じたオンライン栄養指導コーチングをスタートした。
『eat+』は、これまでの食習慣をベースに、目標に合わせて「何を」「どれだけ」「どのタイミングで」食べたらよいか、オーダーメイドの食習慣を、管理栄養士とユーザーが一緒に作っていくサービスだ。
個人ユーザーは、アプリを通して管理栄養士に食事の記録をチャットで送り、目標や記録を共有しながら食習慣のポイントのアドバイスを受ける。チャットやオンライン面談の回数でコースが分かれ、オプションで腸内DNA検査や遺伝子検査、尿検査もできる。
健康経営の新スタンダード「食生活改善への投資」
手嶋英津子さん
「健康経営の戦略的投資として『従業員の健康管理』を経営的視点で捉えると、食習慣の改善は生産性向上に直結します 。『eat+』は、福利厚生の枠を超え、従業員の満足度と活力を高める次世代の健康経営スタンダードとしての導入が進んでいます」
これまで、健康経営の取り組みでは個人の食習慣への介入まで至っていないことがほとんどだったという。しかし、2025年頃から新たな挑戦として本格的に食習慣の改善に着手したい企業からの導入や問い合わせが増えた。実際に導入された事例では、参加者の約98%(*4)が食習慣や体の変化を実感し、プログラムへの満足度は5段階で4.7、管理栄養士への満足度は4.6と高い評価を獲得。
(*4)2026年eatas社によるユーザーアンケート調査による
手嶋英津子さん
「特に評価いただいた点は、専属の管理栄養士による伴走サポート、もうひとつは管理栄養士による食事分析です。個別支援とデータ活用により高い満足度につながる結果になりました。健康経営の施策として従業員の食習慣改善に本気で取り組みたい企業様にぜひお試しいただきたいです」
規制緩和で広がる新たな市場の拡大と、未来のビジョン
オンライン栄養指導を導入しているクリニックはまだ少ない。しかし、2022年の診療報酬改定で情報通信機器を用いたオンライン栄養指導が算定可能となり、クリニックの経営戦略は変化している。近年、全国で医療機関の経営破綻や閉院が続く中、栄養指導による継続的な患者サポートや、ダイエット外来など新たな診療科の拡充は、次世代型クリニックの経営要件としても重要なメリットをもたらすものとして注目されている。
手嶋英津子さん
「そこで、管理栄養士の人材紹介サービスを2026年6月より開始します。これまで、管理栄養士を雇用することで赤字になることが懸念され、クリニックにおける管理栄養士の雇用はすすんでいませんでしたが、人材とシステムを提供することで栄養指導の算定が可能となり、オンラインでの栄養指導が広がる仕組みを構築していきます」
同社の栄養指導サービスを試験導入したクリニックへのアンケートでは、院長より次のような回答が寄せられている。
「患者自身が『自分の食事内容に改善点がある』と気づけたようだ。今までは医師に言われたとおりにやっている“つもり”の人が多かった」
「食事改善の必要性は理解できても実践にはさらにハードルがあるようで、継続的な指導の必要性を感じた」
「患者は、栄養管理以外にも細かな相談を聴いてもらって満足していた。診療時間内には言い出しにくい生活の細かな点も相談したがっていることがわかった」
「他院との差別化にメリットがあると感じた。即応性のある取り組みの一つであり、医療DXの一環として積極的に検討したい」
手嶋英津子さん
「多様な課題が山積する医院経営において、私たちが役に立てる手ごたえを実感しています。もっと多くのドクターに私たちの取り組みを知っていただかなければ、という使命感がさらに強くなりました」
食の正しい知識を身につけ、安全安心に健康を手に入れる
情報が氾濫する世の中になり、ネットの世界では「ダイエット」や「美」をキーワードにしたさまざまな情報が乱立している。そのため、人々が「即効性」や「話題性」という言葉にあおられる一方、その裏のリスクが軽視され、社会問題となっているものもある。その一例として、近年「薬ダイエット」が指摘されている。
手嶋英津子さん
「『薬を使用するダイエット』は効果が高いものの、安易な使用や間違った使用にはリスクがあります。オーバードーズの危険性はもちろん、手っ取り早いダイエットは健康的とは言えず、リバウンドにつながりやすい。やはり『体を作るのは食』という基本に基づいて、自分に合った正しい食生活の知識とノウハウを知ることが大切。私たち管理栄養士は『健康』への考え方を皆さん一人ひとりが取り戻すきっかけを担っているのです」
『eat+』を利用して健康改善に取り組む個人ユーザーからは、次のようなコメントが寄せられている。
「血糖値が上下する時間帯を教えてもらい、食べるタイミングや食べ方を知った。『eat+』を使うようになって外食や間食の選び方や食べ方、水分摂取への意識が変化した」
「ジムに通っても痩せないし尿酸値も下がらず困っていたが、『eat+』をきっかけに、体重や検査値の変化を実感できるようになった」
「『今までの食事内容から見て、もう少し量を召し上がられても問題がなさそうですね』と言われて驚いた。“もっと食べてもいい”というアドバイスで、食生活で大切なことは食べる量ではなく食事内容なのだと理解できた」
「体重変化に多少の波があっても、長い目でダイエットをとらえられるようになった」
『eat+』のベースになっているのは、手嶋さんが管理栄養士として長年培ってきた知見をもとに構築したオリジナルメソッドだ。あらゆる研究発表や食のトレンドなど最新情報を取り入れながら常にブラッシュアップし、ユーザーに自信をもって情報提供と適切なアドバイスを行う。この点が、他社の追随を許さない同社の強みと言えるだろう。
『eat+』では、 “コミュニティメンバー”と呼ばれる全国の管理栄養士が、オンラインでパーソナル栄養指導コーチングを担っている。現在、国内で約500名が登録し、資格を生かした副業やフリーランスとして、自分のペースで仕事をしている。中には、育児や介護などと両立しながら仕事をしている人もいる。同様のサービスを展開する他社との決定的な違いは、管理栄養士を「同じ道を目指す仲間」と捉え、セミナーや教育プログラムへの参加費等が全て無料である点だ。
手嶋英津子さん
「『管理栄養士が自信をもって存分に活躍できる世界を作りたい』というのが創業の思いなので、管理栄養士からの収益モデルは一切考えなかったですね。収入源は、法人事業所や個人ユーザーの利用料などパーソナル栄養指導コーチングサービスより得られた収益や、監修料など管理栄養士としていただいた報酬です」
手嶋英津子さん
「楽しく美味しく食べて健康になる」。それが私たちのめざす世界です。そこで管理栄養士が大活躍する。設立5周年を迎えた今、私たちの取り組みの意義を実感してくださる方が少しずつ広がっているのが、とても嬉しいですね。

「楽しく美味しく食べて健康になる」そして「管理栄養士が自信をもって存分に活躍できる世界の実現」。手嶋さんがめざす世界は、着実にその輪郭を際立たせ始めた。体を作る食の大切さを人々が当たり前に理解するという新しいフェーズに向かって、同社は確かな歩みを続ける。