長崎県の五島に春の訪れを告げる南風。地元では「はえんかぜ」と呼ばれ、幸せを運んで来るとされている。その風を受けて、巨大風車が悠々と回っていた。
2026年1月、商用運転を開始した「五島洋上ウィンドファーム」。五島市崎山沖に50階建てビルとほぼ同じ、全長約176メートルの風車が8基並ぶ。その特長は海底に固定せず、起き上がり小法師のように自立する「浮体式風車」であることだ。この日本初の浮体式洋上風力発電所の発電能力は16800キロワットで一般家庭14400世帯分に相当する。
戸田建設 溝手美陽子広報課長
「ブレード(羽)の先端が回るスピードは新幹線並みにもなるんですよ」
風車を仰ぎ見ながらそう語るのは、このプロジェクトの代表企業である、戸田建設の溝手美陽子広報課長。この日は運転開始を祝う式典のため多くの政府関係者や報道陣などが五島を訪れ、洋上風車を視察した。
比較するものが近くにないため正確な大きさを掴みかねるが、風車を見上げる角度は超高層ビルを見上げるそれと同じだ。この風車は風を背後から受けて直径80mのブレードを回す「ダウンウィンド型」。海底と3本のチェーンでつながっていて、風が吹き抜ける方向に風車自体が若干傾いているのが海中に浮いている証拠だ。
浮体式洋上風車は、より強い風が吹く沖合に設置でき、発電効率が高い。住民などへの騒音問題も起きにくい。また長崎大学の研究では、浮体部分がマアジの集魚効果を持つ可能性も報告されている。
【記事】マアジも集まる!浮体式洋上風力発電施設に集魚効果を発見
20年もの取り組みで、「五島モデル」確立へ
いよいよ回り始めた浮体式洋上風車だが、その技術開発と設置までには関係者のたゆまぬ挑戦があった。
戸田建設は2007年、当時誰もノウハウを持っていなかった浮体式洋上風車の開発に乗り出す。その核心技術は、上部が鋼、下部がコンクリートの「ハイブリッドスパー型浮体」だ。この構造は低コストで安定性が高い特長を持つ。
大学や国、メーカーなどと連携し100分の1、20分の1、10分の1…スケールを次第に実機に近づけながら、波や風で転倒せず、効率良く発電できるよう知見を重ねた。環境省から受託した2分の1サイズ試験機の実証事業を経て技術的なメドが立った2013年、出力2000キロワットの実証機「はえんかぜ」を五島市の二次離島、椛島沖に設置。商用運転に向けて、さらにハードなテストを続けた。
洋上風力発電の最大のハードルは、海を先行利用している「漁業」との調整だ。全国各地で反対運動が起きる中、なぜ五島ではスムーズに合意形成ができたのか。五島市役所でゼロカーボンシティ推進を担当する川口祐樹係長は、「スモールスタート」が勝因だったと分析する。
五島市役所 ゼロカーボンシティ推進班 川口祐樹係長
「いきなり大規模な計画を持ち込むのではなく、まずは実証機1基(はえんかぜ)から始めました。最初は椛島の方々に、次は福江島の方々にと、時間をかけて理解を広げていったのです」
基礎研究から商用運転まで、足掛け約20年。地元の漁業者や行政、住民らと膝を突き合わせ、時に杯を酌み交わしながら議論し、積み重ねた信頼が日本初の洋上風力発電所へと実を結んだ。
一方、五島市は全国に先駆けて、温室効果ガスを排出しない電気自動車を観光客にレンタルするなど、積極的に「再生可能エネルギーの島」づくりを目指している。浮体式洋上風車の稼働を機に、産業面の広がりも期待されている。
五島市内にある「イー・ウィンド」のオフィス。モニターが並ぶ部屋には緊張感が漂う。同社は風車のメンテナンスを担う地元企業だが、彼らが監視しているのは、目の前の五島の風車だけではない。
「国内100基以上の風車をここから遠隔監視しています」
橋本武敏社長は、そう胸を張る。五島で培われたメンテナンスのノウハウは、いまや全国の風力発電所にとって欠かせない「頭脳」となっており、台風などの有事には、五島から全国へ指令が飛ぶ。離島の企業が、日本のエネルギーインフラを支える時代が到来している。
イー・ウィンド 橋本武敏社長
「地元の雇用にもつながっている。国内の洋上風力が足踏みする中、先行できていることは誇らしい」
その経済効果はすでに出始めている。市によると、まだ風車が揃っていなかった2023年度でも年間1600人以上が視察に訪れた。宿泊や飲食、土産品購入など地元への波及効果も大きいという。
五島市観光協会 今村安規子事務局長
「多いのは大学の研究者や、商社、行政など。海外は台湾、韓国、遠くはドイツからも来ている。観光客の旅行トレンドが個人にシフトしていた中、グループで数日間の日程で視察して、何度も来島してくれる人もいるので大変ありがたい」
発電事業者が、住民や行政の理解と支援を得てプロジェクトを進め、その恩恵を皆で分かち合う。一連の取り組みは「五島モデル」として、全国から注目を浴びている。
年間40億円の流出を止めろ。電気を「作る」から「使う」へ。
今回の商用運転開始により、五島市内の電力需要に対する再生可能エネルギーの供給能力(ポテンシャル)は、一気に跳ね上がった。 計算上は、島の暮らしのほとんどを地元の自然エネルギーで賄えることになる。
しかし現実は甘くない。市内の企業や個人などの出資で立ち上げた電力会社「五島市民電力」の料金は大手電力会社と同等で、正午からの1時間は無料というキャンペーンも行っているが、「地元の再エネプラン」に切り替えた一般世帯は、まだ2割にも満たない。
なぜ、再エネを選ぶ必要があるのか。その問いに対し明確な答えを持っているのが、風車の部材に地元産コンクリートを使うなど、地元経済との連携に奔走してきた福江商工会議所の元会頭、清瀧誠司顧問だ。
福江商工会議所 清瀧誠司顧問
「五島市全体の電気料金は年間30億〜40億円にも及ぶ。自分たちの電気を自分たちで使い、そのお金を島内で回せば、雇用も生まれ、景気も良くなるはずです」
この「地産地消」の理念に共感し、事業所で使用する電力を「再エネ由来」に切り替えたのが空港ターミナルビルや、リゾートホテル、クラフトジンの蒸溜所など、約40の事業者だ。彼らにとって再生可能エネルギーは、自然豊かな五島の環境を守っていく「ブランド」としての付加価値であり、観光客を呼び込むための武器にもなっている。
より大きく、より多く…広がる浮体式洋上風力の可能性
2026年2月、五島市で洋上ウィンドファームの運転開始を祝う式典が開かれた。戸田建設などで構成する発電事業者「五島フローティングウィンドファーム合同会社」や地元関係者に加え、石原宏高環境相や岸田元首相らも駆けつけた。
カーボンニュートラル…国内での温室効果ガス排出量実質ゼロを目指す2050年まで、あと四半世紀。政府は洋上風力をその切り札の一つと位置づけており、設置海域をEEZ(排他的経済水域)まで広げる法改正を去年行っている。
石原宏高環境大臣
「五島の海から、日本のエネルギー転換が次の段階へ踏み出すという節目。五島市が全国のモデルとなることを期待する。風車がEEZまで広がっていく時には(深い海域のため)浮体式が主力となっていくだろう」
一方、戸田建設の今井雅則会長はこれまでの歩みを感慨深く振り返る。
戸田建設 今井雅則会長
「本当に浮体式なんかできるのか、と言われていたが、やっていけることが実証された。持っているノウハウは他社と比較できないほどだ。これから風車の大型化、大量生産を図り、再生可能エネルギー導入をさらに進めていきたい」
ふるさとに「希望の風」を
五島市の人口は現在、約33000人。人口減少のペースは速く、この30年で4割も減っている。
そんな中、五島市の取り組みで市内の小中学校教諭ら約30人が洋上風車を見学した。ふるさとの力を結集して回り始めた風車と、それが目指す未来について、子どもたちに教えてもらうためだ。
8基の風車には、五島弁でかわいい、という意味を込めた「みじょかぜ」や、頑張るという意味の「ぎばるかぜ」など、ユニークな愛称がそれぞれ付けられている。名付けたのは全て、五島列島の小中学生だ。
教え子が、風車の一つに「ばらもんかぜ(「ばらもん」とは五島弁で元気な人。凧の名前にもなっている)」と名付けたという小学校教師に話を聞いた。
富江小学校 伊藤慶昭教諭
「風車が大きくて迫力がありますね。子どもたちに、五島の街をこれからも賑やかに支えてくれるものだと教えたい。エネルギーを生み出す、力強い島であり続けて欲しいと伝えたい」
五島沖で稼働した国内初の浮体式洋上風力発電所、「五島洋上ウィンドファーム」。
幸せを運ぶ風を受けて、海に浮かぶ風車は力強く回り続ける。
