昨年の夏に開催された「東京2025世界陸上」は、大会期間9日間の総入場者数で日本の陸上競技史上最多の61万9000人を記録、テレビの累計視聴者数は7977万人、SNSの動画再生数は7億回以上と、社会現象を巻き起こした。

なぜ大会は大成功を収めたのか?そしてどのようなレガシーを、今年日本で開催される「第20回アジア競技大会」へと残したのか?その情熱と熱狂の軌跡を、1本の動画とともに振り返る。

【動画】観客61万人の熱狂を生んだ世界陸上は何を残したのか

ファンの皆さんが“劇場”を作りあげていた

日本陸上競技連盟の会長として大会施策を牽引していた有森裕子さんはこう振り返る。

日本陸上競技連盟 会長 有森裕子さん
「34年前の自分が出場した時の世界陸上を思い出すと、会場に人がいっぱいというイメージが思い浮かばなかった」

有森さんが選手として参加した1991年の第3回東京大会は、観客動員数は58万1462人。当時の世界陸上史上最多の動員記録となり、これをきっかけに世界陸上は2年ごとに開催することになったともいわれている。しかし、その大会でも「フルスタジアム」ではなかったと有森さんは言う。東京2025世界陸上で「フルスタジアム」実現という責務があった有森さんは、本音を漏らした。

有森裕子さん
「だから、今回は多くの人に来てほしいけれど、それでも2階いっぱいまでかな…と。正直“弱気なフルスタジアム”っていう、ちょっと小さい感じのガッツポーズを当初は目標にしていました」

しかし、施策に思いを巡らす中、「運動会の記憶」にたどり着く。中学時代、運動会で3年連続800m走に出場、連続優勝を果たし、その経験がのちのトップアスリートへの道を進む原点となった有森さんにとって、陸上競技は決して一部の限られた人のものでも、特別なものでもない。そして、選手たちの躍動する姿には多くの人々の“身体の記憶”を呼び覚まし、熱狂の源になる可能性があると考えた。

こうして東京2025世界陸上は、単なるハイレベルな国際大会を超えて、観客やボランティア、テレビの視聴者をも巻き込んだ“世界最高の大運動会の場”としての機運を醸成していく。その狙いは的中。大会が始まると、会場となる国立競技場は連日、地鳴りのような歓声に包まれることになる。

世界陸上連盟のセバスチャン・コー会長は振り返る。

世界陸上連盟 セバスチャン・コー会長
「開会式からエネルギーは最高潮に達していた。すべての競技でもそうでした」

男子3000m障害の三浦龍司選手は、「内側から震えるような歓声を頂いて、この観客に囲まれて走ることができてすごく幸せでした」と述べ、男子200mのノア・ライルズ選手(アメリカ)は、雨にもかかわらず声援を送り続けた観客に感激すると、「皆さんが来てくれて光栄に思います。素晴らしい、素晴らしい時間でした!」と感謝を伝えた。

棒高跳びのモンド・デュプランティス選手(スウェーデン)が世界新記録の6.30mに挑んだときのドラマは記憶に新しい。ほかのすべての種目は終了、時刻は夜の22時を過ぎていたにもかかわらず、観客5万7000人のほとんどは席を立たず、ただひとり記録に挑むデュプランティス選手を固唾を呑んで見守った。1回目、2回目と連続で失敗。静寂と熱狂が入り混じる中の3回目、身体がバーを越え、歴史が塗り替えられた瞬間、スタジアムには割れんばかりの歓喜が湧き上がった。

セバスチャン・コー会長
「ファンの皆さんが“劇場”を作りあげていた。選手たちは日本の観客が彼らのパフォーマンスを支えたと感じていました」

一方で、「届かなかった想い」もまたドラマを生んだ。

男子4×100mリレーでアンカーを務めた鵜澤飛羽選手は、メダルに届かなかった胸中をこう述べた。「本当に強くなります。俺たちはもっと強くなって戻ってきて、胸張ってメダル獲って、頑張ります」。

わずか0.06秒差で銅メダルを逃した男子110mハードルの村竹ラシッド選手からは、次なる目標への熱い誓いが観客に送られた。「長い陸上キャリアの中で、自分の国で世界陸上が開催されることを本当に嬉しく思っていました。決勝のファイナリストとして立ったことを、自分でも誇りに思いたいです。自分の足が持つ限り、何年かかってでもメダルを取りたいと思います」。


東京の子どもたちに託された、未来への“バトン”

東京2025世界陸上では、素晴らしいスポーツが繰り広げられるだけでなく、「子どもに夢を届ける大会」として、“運動会”を現代のテクノロジーでアップデートしたさまざまな取り組みも行われた。

「バトンプロジェクト」では、信頼と協力を象徴する8色のオリジナルバトンを都内の公立小学校全校に寄贈。男子100mのサニブラウン・アブデルハキーム選手と男子走幅跳の橋岡優輝選手によるリレーバトンの走り方や受け渡し方のスペシャル授業などが行われた。

「世界陸上リアル教室」では、都内62校の小学生約3000人が国立競技場に招待され、トップアスリートたちから直接指導を受けた後、競技場のトラックを利用してフルマラソンの1000分の1、「42.195m」を全力疾走する貴重な体験した。

リアル教室には、障がいなどで会場に足を運べない福祉・医療施設の子どもたちも参加。遠隔操作ロボット「Orihime(オリヒメ)」を通じ、国立競技場のトラックを駆け抜ける体験を共有した。

参加した子どもたちからは、「スゴい選手が走っている場所を走れて、いつも走る時よりも楽しかった」「現役選手にも教えてもらえて貴重な体験だった」「僕も将来ここに出たい!」と本物に触れた興奮が溢れる声が聞かれた。遠隔操作で参加した子どもたちも、スポーツの“勝つ喜び”“負ける悔しさ”を経験し、大きな収穫を得たに違いない。東京2025世界陸上は、開催地・東京の子どもたちの未来に体験を通じてレガシーを残したのだ。


熱狂を裏側で支えたボランティアとサステナブルな技術

“世界最高の大運動会”の裏には、成功を支えた2858人のボランティアたちがいるのを忘れてはならない。「報酬はスペシャルな思い出」と笑顔で語る彼らは、世代を超えてチームを結成。その中で、年上のボランティアから若者ボランティアたちへと、“認め合い・支え合う”精神が引き継がれていった。

大会最終日、ボランティアの功績を称え、トラックをパレードする彼らに観客席からは「ジャパン、ジャパン、サンキュー!」と熱い歓声が投げかけられる場面もあった。

東京2025世界陸上財団 総務企画室総合調整課長の藤原拓さんはこう語る。「今回は特に、みんなで力を合わせていくチームを作りたかった。お互いに認めあい励ましあって力を合わせるといったところを、ボランティア同士で体現してくれて、それが大会の成功につながったのではないかなと思います」。

大会では、バイオ燃料を活用した「植物由来の電力」による映像制作や、家庭で使い終わった油を回収し航空燃料に変えるための活動の推進、薄くて軽い次世代型太陽電池「エアソーラー」を使用した照明の採用など、“未来のスポーツ大会”へのモデルとなる技術が熱狂を支えた。


協賛企業が世界に残したレガシー

東京2025世界陸上は、過去最大の協賛を獲得した大会となった。協賛企業は、単なる“スポンサー”ではなく、“パートナー”として、自社の誇りをかけて各社が世界にさまざまな発信を行い、未来に大いなるレガシーを残した。

第1回大会からの唯一の継続スポンサーであるTDKは、スタートライン後方のモーション形式の巨大LEDボードを提供。磁性技術で世界をリードする総合電子部品メーカーとして、世界の舞台で安定して動作する自社技術の信頼性を世界に証明した。ボードには、「In Everything, Better」という、コーポレートスローガンが流れ、人々のよりよい生活、よりよい世界に貢献していきたいというTDKの理念を記憶に焼き付けた。

TDK株式会社 広報グループ Brand Management & Activation 井上剛さん
「多くの人にTDKという企業を知ってもらったということ、特に日本の若い方々から、企業の認知や理解を得ることができたのが、ブランド認知調査等の数字に表れています。スポーツは国籍、性別など関係なく世界中の人たちが没入して感動できるコンテンツです。企業がサポートするということの意義は非常に大きいと思っています」

今回が初参加となるHONDAは、「走る技術」で大会の運営サポートに挑戦、未来のモビリティの可能性を日本から世界に発信した。「環境と安全」をテーマに、水素燃料電池車やバイクなど約120台を提供。その中には、本大会のために開発した槍や円盤を運ぶ専用のラジコンカーやスタッフの負担軽減につながる体重移動で動くモビリティ「UNI-ONE」の導入もあった。

本田技研工業株式会社 経営企画統括部 スポーツプロモーション部 部長 松浦康子さん
「世界陸上を通じてどれだけの人にHONDAを訴求できたかという点においては、想定を大きく上回る成果が出ました。特にヨーロッパやアジアを中心に非常に大きな効果があったという声が届いています」

日本代表からボランティア、大会関係者のウェアまでトータルでサポートしたのがアシックスだ。75000点以上のウェアやバッグなどを提供するだけでなく、本大会に照準を定め、世界陸連の規定内であるソール厚40mm以下の「スーパーシューズ」のカテゴリーで、129gという世界最軽量のレーシングシューズも開発した。大会では、男子マラソン選手の39%が着用するという圧倒的な支持を獲得した。

株式会社アシックス 常務執行役員 甲田知子さん
「グローバル戦略の中で、イノベーティブなブランドだというブランドイメージをしっかり勝ち取れた東京開催は絶好の機会でした。社員エンゲージメントも高められ、会社を強くすることもできたと思っています」

陸上競技において重要な役割を果たす計時・計測を第2回大会から担うSEIKO。本大会では計時・計測のプロフェッショナルチームを発足。AI技術で選手の動きをリアルタイムで追跡・解析するVTT(Video Track Tracking System)を導入し、1000分の1秒を切り取るという絶対的な信頼性を世界にアピールした。

セイコーグループ株式会社 スポーツブランディング部長 助川晶彦さん
「我々が計時・計測をしているというPR効果は絶大でした。感性的価値・技術的価値・社会的価値という3つのブランド価値の最大化という目標に対して、十分世界に存在感を示して、価値の向上が出来たと思います。陸上やスポーツの素晴らしさを世界中の人に知ってもらうことを、もっとレベルを上げてサポートしていければと思います」


視聴者の熱量を引き上げた、「伝え手」の妥協なき情熱

1997年から世界陸上の放送を続けるTBSテレビは、「陸上を国民の関心事にする」という使命のもと熱狂を伝えてきた。その立役者となる人物が、1997年のアテネ大会から2022年のオレゴン大会までの13大会でメインキャスターを務めた俳優の織田裕二さんだ。

当初は「陸上で何が見られるのか?」というレベルだった視聴者の関心度を、自分ごと化させ、熱狂へと巻き込んでいくことは大変な役割だった。しかし、 “視聴者目線”で競技の見どころを解説し、自らも楽しみながら伝えていくことで、陸上の中継をポピュラーなものに変えていった。その裏では、一切妥協のない、膨大な時間をかけた努力があった。

TBSテレビ プロデューサー 山上昌広さん
「織田さんの勉強会はすごいですよ。資料が昔の電話帳ぐらいの厚さになる。100m男子だけで5時間勉強会をやっていました」

東京2025世界陸上では、再び織田さんをスペシャルアンバサダー迎え入れ、「1秒後、世界が変わる」をキャッチコピーに、目の前で人類が進化する瞬間を伝えた。作り手が本気で準備し、本気で楽しむ。その情熱は日本全国へ伝播した。

選手の活躍だけではない。観る者、支える者、伝え手、長年受け継いできたレガシー、それらがひとつとなり、大会を支え、人々の心を動かし、世界陸上は社会現象になったのだ。興奮と寂しさの入り混じった大会最終日に織田さんはこう述べている。

「東京2025世界陸上」スペシャルアンバサダー 織田裕二さん
「世界陸上を私は卒業しますけれど、皆さんは次が待っています。もっともっと素敵な世界陸上になると信じています」

そして、舞台は東京から「愛知」へ

この秋、アジア最大のスポーツの祭典「アジア競技大会」と「アジアパラ競技大会」が、32年ぶりに日本で開催される。

アジア競技大会は、愛知・名古屋を中心に様々な競技が行われ、2026年9月19日~10月4日の16日間、最大で45の国や地域が参加する大会となる。アジアパラ競技大会は2026年10月18日~24日の7日間開催され、今回が日本で初めての開催だ。

東京で紡がれたレガシーは今年、舞台を変えて、再び熱狂となって世界へ伝播する。

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