子どもたちの成長を担い、未来づくりに貢献できる教員は、創造的でやりがいのある仕事だ。一方で、人手不足や教育内容の複雑化・多様化による長時間労働など、教育環境をめぐる課題は、全国の学校現場において共通の課題となっている。

そこで、神奈川県川崎市では、市内の公立小中学校の勤務実態を徹底調査。多くの教員が仕事にやりがいを感じている一方で、多種多様な業務にとらわれ学習指導の時間が取れず、長時間勤務をしていることが明らかになると、教育委員会と教職員が一丸となり、「川崎スタイル」とも呼べる独自の抜本的な改革に取り組み始めた。その効果は、教職員の労働環境のみならず、子どもたちの教育環境の改善という形でも現れつつある──。

そのモデルケースとして、いち早く改革に取り組んだ川崎市立生田小学校の江良真一校長、6年生学年主任の菊池哲哉先生、初任で4年生担任の稲田莉子先生に話を聞いた。

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意見交換会が、業務改善を遂行する足掛かりに

明治初期に創立された歴史ある生田小学校に江良真一校長が赴任したのは、2024年春のことだ。着任後しばらく教職員の働きぶりを見ていた江良校長は、当時の印象についてこう振り返る。

川崎市立生田小学校 江良真一校長
「どの先生も一生懸命仕事に向き合っていました。教員の仕事は授業の準備に始まり、学年の業務に学校全体の校務、さらに児童指導や保護者対応など多岐にわたります。だから、夜遅くまで残るのが日常的でした。このままでは、子どもたちのために頑張れば頑張るほど時間外勤務が増え、先生がつらい状況に追い込まれていく。なんとか改善したいと思いました」

川崎市立生田小学校 江良真一校長


そんな時に参加したのが、「教職員の働き方・仕事の進め方改革」の一環として教育委員会が開催した2024年度の意見交換会だ。対象は市内の全小中学校の校長と副校長・教頭、教務主任。そのときの参加人数は499人というから、川崎市の本気度が伝わってくる。

意見交換会では、教員の勤務実態を踏まえ、課題解決のために何ができるかを話し合った。取り組み事例や他校のアイデアが共有されるなか、各学校でどのような業務改善をどう実現すればいいのか、具体策までを模索した。

江良真一校長
「意見交換会に参加して、『業務改善を実現しなければ』と強く意識づけされたのを覚えています。やっぱり、『昔からこうやってきたから』と現状から抜けきれないところがあったんです。それが、『意識的に進めないと何も変わらない』という考えに変わりました。実行に移すためには校内の調整が必要で、大変な部分はあります。それでも、まずはやってみる。うまくいかなければ戻せばいい、と考えました」

授業時間の余白を生む、チーム担任制の導入

教員の負担を減らしたい。しかも、子どもたちに良い影響を及ぼすのであれば理想的だ。そこで江良校長が業務改善の主軸に据えたのが、「チーム担任制」の導入だった。2025年4月から、5・6年生で試験的にスタートさせた。チーム担任制は、従来のように一人の教員が一つの学級を受け持つのではなく、複数の教員が学年単位で役割を分担しながら指導にあたる仕組みだ。

6年生学年主任 菊池哲哉先生
「生田小学校では6年生は3クラスあり、これまで理科と音楽、体育の3教科は専科の先生が担当。それ以外の社会と家庭科、図工など7教科は、すべて担任が自分のクラスで教えていました。その7教科を3人のクラス担任で分担したので、十分な教材研究ができるようになりました。たとえば私は、図工と総合的な学習の時間、書写を担当し、3クラス通して教えています。今年から外国語も専科の先生が入ったので、自分のクラスで教えるのは先程の3つと国語、算数、道徳、学活。6年生の授業時間は週29コマですが、チーム担任制の導入と、専科の拡充により、3人の担任がそれぞれ10コマの空き時間をつくることができました」

6年生学年主任 菊池哲哉先生


週に10コマの余白が生まれたことで、時間を効率的に使えるようになり、子どもへの向き合い方も変わったという。

菊池哲哉先生
「たとえば、子どもの意欲を高めるために教員が掲示物をつくり、廊下に貼ったりしているんですが、これまでは授業が終わってから、放課後にやっていました。それが、授業が空いた余白時間に前倒しでできるようになった。子どもたちから『こんなことやりたい!』と言われたときも、『やってみようか』と受け入れやすくなりました。時間だけでなく、心のゆとりもできたのだと思います」

チーム担任制で全クラスの授業を受け持つようになったので、自分のクラス以外の子どもにも目が行き届くようになり、学年内の連携が以前にも増してスムーズになる効果も生まれたという。

菊池哲哉先生
「自分のクラスだけではなく学年全体の担任であるというスタンスで、いまは授業を通して他のクラスの子どもと関われるので、よりしっかりと全員を見ることができています。子どもへの共通理解が進むので、担任同士のコミュニケーションが増えますし、トラブルなどなにかあったときのフォローもしやすくなりました」

チーム担任制のもと、菊池先生は、担任ではないクラスの図工の授業も行っている。そのことで、学年全体に目が行き届くようになったと言う。


ほかにも、チーム担任制にはポジティブな面があると江良校長は説明する。

江良真一校長
「教える教科が少なくなるので、授業の準備にかける時間を削減できます。それだけで教員は業務量がどっと減るんです。そのうえ、一人の先生が一つの教科を3クラスで教えると、同じ授業を繰り返すので内容がどんどん洗練されていき、その教科に対する授業力が向上していきます。一人で全クラスを通して見るので、成績評価も偏りがなくなり公平になるんです」

スタートして約3ヶ月後、チーム担任制をどう見ているか保護者にアンケート調査を実施すると、約90%が「良い」と回答。「いろんな先生と関わるのが楽しい」という子どもの声も届いたという。

時差勤務を取り入れ、働き方の意識を変える

生田小学校では、今年度から教員の時差勤務も導入した。川崎市で試行運用している制度で、通常8時30分から17時までの勤務時間を前後にずらせるものだ。

江良真一校長
「導入当初は『使い方がわからない』という声があり、時差勤務をする職員はほぼいませんでした。でも、夏休みを境に利用者が増え、いまは月に半数ぐらいの職員が利用しています。たとえば30分早く出勤して30分早く帰れば、勤務後に自分の家族と過ごす時間が増えます。『帰ると決めた時間までに終わらせよう』と目標を定め、計画的に仕事を進める意識につながるのはいいことだと思います」

菊池先生は、自らは「時差勤務を利用していない」が、まわりの教員の意識の変化は感じているという。

菊池哲哉先生
「かつては、教員がたくさん残っていると、自分だけ先に帰りにくい雰囲気がありました。でも今は、自分の勤務時間が終わったら帰るのが自然なこととして受け止められています。時差勤務の導入が、意識の変化に影響しているのだと思います」

昨年まで大学生だった教員生活1年目の稲田莉子先生は、学校でのハードな労働環境を覚悟していたと話す。

4年生担任 稲田莉子先生
「大学で教員を目指していたとき、先生は仕事が忙しくて夜遅くまで働くのが当たり前だと聞いていました。大変そうだからと教職課程を脱落していく人もいました」

しかし、着任した生田小学校は、イメージとは違っていたと笑う。

稲田莉子先生
「まだ1年目なので、どう仕事を進めればよいのかわからない部分がたくさんあって、自分は仕事がなかなか終わりません。でも、周りの先生方は勤務時間が終わると次々に帰られます。学生時代に聞いた話とは逆で、自分も早く帰らなくては、と思って(笑)。先生方を見ていると、限られた時間の中でどう工夫して仕事を終わらせればよいか、意識しているのが伝わってきます。自分も早くそんな働き方ができるようになりたいと思います」

4年生担任 稲田莉子先生


稲田先生は初任であることを考慮し、担当する教科数が少なく設定されている。その分の時間は、チーム担任制のメリットを活用し、ほかの先生が自分のクラスを教える様子を見学したりしている。

稲田莉子先生
「自分が教えるうえでの勉強になりますし、子どもたちの違う一面を見ることもできます。授業の準備を含めて子どもたちのことを考えられる時間があるというのはいいことだと思います。やりがいにつながっています」

この日、稲田先生が行なったのは、インクルーシブな社会性を育む授業。お互いの良い点を認め合い、多様性を育んでいくという川崎市独自の授業だ。


「川崎スタイル」で、ウェルビーイングな学校を目指す

生田小学校では、授業1コマを3分割したモジュール学習の導入や職員会議のDX化、掃除を週2回に減らすなど、ほかにも広く業務改善に着手している。教育委員会主催の意見交換会で出された事例やアイデアの中から、江良校長が自分の学校に合うと思ったものを選び、教職員と話し合いながら実行に移している。

江良真一校長
「たとえば、掃除の回数を減らしていることひとつとっても、子どもの下校を15分早められて、その15分を職員は自分の仕事に使えます。小さな積み重ねがどんどん時間の余白を生み、先生たちが笑顔で働ける職場につながります。意見交換会では、教育委員会が『挑戦する学校と伴走していく』と話していました。一緒に考えてくれるという言葉は、大きな支えになっています」

川崎市教育委員会では、より現場レベルの意識改革と挑戦を重視して、2025年度から希望する学校に対し、教職員向けのワークショップも実施している。生田小学校でも業務改善と授業改善をテーマにしたワークショップが開催され、現場レベルの意識改革に影響をもたらしている。

教職員向けワークショップの様子。全教職員がそれぞれアイデアを付箋に書いて、模造紙に貼り付け。業務改善の意識を根付かせた。


教育委員会が学校に寄り添い、学校と一丸となって働き方改革を進める「川崎スタイル」が本格始動してまもなく3年。その取り組みは、現場で働く教員の実感としても、少しずつ形になりつつある。

稲田莉子先生
「『川崎スタイル』は、先生が働きやすい環境になることで、子どももより成長していくものだと思います」

菊池哲哉先生
「アジャストしていくことだと思います。先生だけでなく子どもも一緒に、柔軟に変わっていくことだと思います」

また、江良校長はこの挑戦で「ウェルビーイングな学校を目指したい」という。

江良真一校長
「小学校は子どもファーストが前提です。でも、子どものためにという思いが、先生を苦しめてきた一面もあります。子どもの健やかな成長を支えるためには、先生も大切にしなくてはいけません。教職員の働き方改革で、子どもと先生、保護者、そして地域も幸せになれる未来につなげたいですね」

「川崎スタイル」は、まだ始まったばかり。今後、生田小学校のケースを一つのモデルに、他校への波及とさらなる深まりが期待されている。

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